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  • 2014年6月29日日曜日

    「台湾の声」【声明】呼籲 全体台湾人以選挙参与「独立建国」/選挙を通じて台湾の「独立建国」に参与せよ

    選挙を通じて台湾の「独立建国」に参与せよ

    我々が目指す「独立建国」とは、「中華民国体制」−すなわち、蒋介石集団が我々の祖国台湾に持ち込んで強制してきた誤った思想・制度を一掃し、制憲・正名を行って国際社会から国家承認を得ることである。また中国の脅威から台湾を守ることでもある。そのために、あらゆる手段を用いる必要がある。事実、我々はこれまで半世紀にわたり台湾の民主化に尽力してきたことも、またそのためである。

    「中華民国体制」からの脱却を図るべく、台湾の民主化運動によって獲得された民主主義の制度である選挙に参加することがその主要な方法の一つであることは論を俟たない。我々は60年以上も前に消滅した「中華民国」での選挙を行っているのではなく、現在、台湾での選挙を行っているのだ。選挙をボイコットすることは敵を利するばかりではなく、民主主義の破壊にも手を貸すことになる。

    我々は、年末の「七合一選挙」、2016年の台湾総統選挙においても、目標実現に資する候補者が当選することを全力で支援しなければならない。選挙を通じて台湾の「独立建国」に参与することは、台湾人の権利であり、責務でもあると確信する。

    2014年6月29日
    台湾独立建国聯盟日本本部
    委員長 王 明理

    ---
    呼籲全体台湾人以選挙参与「独立建国」

      吾等以「台湾独立建国」為目標,指的是完全除去「中華民国体制」−蒋介石集団帯到祖国台湾而強迫我們接受之錯誤思想、制度,並在制憲、正名之後,譲国際社会承認台湾為一個正正堂堂的国家。同時也意味在中国威脅之下確保台湾的安全。吾等応該以一切可行的手段来落実此目標。事実上這也是我們長達半世紀的民主化運動的目標。

      為了脱離「中華民国体制」,参与選挙−此台湾民主化所獲得之武器,無疑是主要手段之一。選挙是在台湾進行,絶対不是在那已滅亡超過一甲子之「中華民国」進行。如果有人抵制這些選挙,不但会利敵,甚至会毀滅民主主義。

      無論是年底「七合一」選挙或是2016年台湾総統大選,吾等務必全力支援那些有利於落実我們目標的候選人。吾等確信透過選挙参与台湾之「独立建国」是台湾人的権利也是義務。

    2014年6月29日
    台湾独立建国聯盟日本本部
    委員長 王明理


    『台湾の声』http://www.emaga.com/info/3407.html

    2014.6.29 0:12


    「台湾の声」【台湾vsシナ】張志軍氏、住民との対話中止

    【台湾vsシナ】張志軍氏、住民との対話中止

    【編集長の一言】そもそもヤクザ国家との対話などは要らない。



    2014.6.28 産経ニュースより


     【高雄=田中靖人】台湾で対中政策を主管する行政院大陸委員会は28日未明、訪台中の中国国務院台湾事務弁公室の張志軍主任(閣僚級)が同日午前に南部・高雄市内で予定していた漁民との対話など一部日程を中止すると発表した。警備上の理由とみられる。

     張氏が前日夜、高雄市内で大陸委員会の王郁●(=王へんに奇)主任委員(同)と非公式会談に臨んだ際、抗議の民衆が会場敷地内に乱入。男女2人が投げつけたペンキが張氏の警護官や車列にかかるなどしていた。





    『台湾の声』http://www.emaga.com/info/3407.html

    「台湾の声」【楠木正成の統率力第6回】恩賞の与え方と受け方

    【楠木正成の統率力第6回】恩賞の与え方と受け方
             


                     家村 和幸

    ▽ ごあいさつ

    こんにちは。日本兵法研究会会長の家村です。

     『太平記秘伝理尽鈔』の巻第一には、『太平記』
    全四十巻が書かれた経緯や、それぞれの巻の作者
    について記されています。

    それによれば、『太平記』という書物が、
    後醍醐天皇のご発意により、長い年月をかけ、
    多くの人々の手によって記されたものであること
    が分かります。その内容を今回から、数回に
    分けて紹介いたします。

    (引用開始)

     この書(注:『太平記』)は、今を去る建武
    御親政の頃、後醍醐天皇が二条の馬場殿にて
    お遊びになられた折、諸卿・武臣が堂の上や下
    にいたが、新田義貞を召して次のような勅を下された。

    「文治から今までの数百余年、鎌倉幕府が権威
    を重くして、天下を支配した。朝廷の廃頽は
    日ごとに増していった。それゆえ代々の天皇も、
    幕府を滅ぼし、帝徳を四海に照らそうと、
    あれこれとお考えになられたが、事ならずして、
    (後鳥羽院隠岐配流のように)かえって皇居を
    遠島に遷されてしまい、または権勢も微々たる
    ものとなり、沈黙なされていたのである。
    しかし、朕(ちん:この場合は後醍醐天皇)の
    代になって、逆臣はたちまちのうちに滅亡し、
    王法(=仏教の立場から、国王の法令・政治を
    称する語)も昔のように戻った。この上は、
    後代のため、また現在の貴重な教訓ともなるで
    あろうから、義貞が鎌倉を攻めた様子や、
    (足利)尊氏が六波羅を滅ぼしたときのありさま
    を、記しておこうではないか。」

     このような仰せに対して、義貞は、
    「天皇の御徳があまねく天の下を照らすこと
    がないようでは、我ら臣下はどうして尺寸の
    (=わずかな)謀を以て、大敵の勇を砕くこと
    ができましょうか」とお答えしたのであった。

    (以上、「太平記秘伝理尽鈔巻第一 名義並由来」より)

     それでは、本題に入りましょう。


    【第6回】恩賞の与え方と受け方

    (以下、「太平記秘伝理尽鈔巻第三 赤坂城軍の事」より)


    ▽ 楠木が赤坂に城を築いた経緯

     元弘元(1331)年8月、六波羅探題は
    七万余騎の軍勢で、後醍醐天皇が遷幸された
    笠置山を囲んでこれを攻めた。このことを
    知った楠木正成は、笠置山の官軍と力を合わせ
    ようとして、すぐに赤坂で挙兵した。

     これは、鎌倉の武士がたいした日数も経ず
    して京都に到着するのは困難であろう。
    その間には、和泉・河内・摂津の三ヶ国
    (現在の大坂府と兵庫県)を平定して、軍勢が
    強大になっていれば、笠置の後詰めとして、
    これを包囲した六波羅軍を背後から攻めよう、
    と考えてのことであった。

     ところが、鎌倉幕府の執権・北条高時が、
    日頃の愚かさとは違って、速やかに大軍勢を
    上京させたことから、楠木の考えどおりには
    ならなかった。そこで、たいした準備時間も
    無いまま、急いで赤坂に城を築いたのであった。


    ▽ 赤坂城における楠木の防御戦法

     赤坂へ向かった鎌倉幕府の軍勢は、さほど
    堀も深くなく、わずかに一重の塀と2〜30の
    櫓が造られているだけの、二町(約220
    メートル)四方ほどに過ぎない小城を見て、
    「ああ、一日でも楠木に城を持ち堪えてもらい
    たいものだ。敵の首と武器を分捕り、手柄を
    立てて、恩賞に預かるぞ」と語っていたという。
    そこで、幕府軍の4万余騎は、一斉に攻めかかり、
    堀に飛び込んで櫓の下まで進むと、我先に
    討ち入ろうと争った。

     楠木正成は、強弓(=弓の技量に優れた射手)
    2百余人を選りすぐって城内に配置し、また弟の
    楠木七郎正季と、甥の和田五郎正遠に3百余騎
    を与えて追撃隊とし、城内に待機させておいた。
    これらの兵たちには皆、慣れ親しんだ(適切な)
    武具を持たせるよう心がけた。

     寄手(よせて=攻城軍)は、一気に目の前の城
    を攻め落そうとして、四方から切り立った城壁に
    取りついたところ、楠木軍の強弓が、櫓や狭間
    から続けざまに、狙い違わず矢を射込んできたため、
    瞬く間に負傷者や死者が続出し、千人以上にも
    なった。射立てられて大損害をこうむった寄手は
    退き、八方に逃げ散じた。

     正成が城内から敵を見ると、備えを堅くして
    いる陣は一つもない。ほとんどの敵兵は逃げ散り
    つつあった。わずかに「見苦しいぞ、引き返せ!」
    と叫ぶ声に応じて、心意気ある者が引き返したが、
    それでも、一所にて百騎さえも返すことがなかった。
    そこで、正季と和田を大将とする追撃隊・三百余騎
    が二手になって城から出撃し、敗走する敵を
    追いかけること一里(約4キロメートル)、
    討たれた者はその数を知れずとなった。


    ▽ 楠木、弓兵と追撃隊の武勇を称賛

     戦が終わってから正成が云うには、

     「今日の合戦は、ひとえに弓兵のおかげである。
    彼らの功績が無ければ、どうして敵を退けられた
    であろうか。また、城中から討って出た兵が、
    敵を滅ぼしたのも戦功がなかったと言うのではない。
    義によって命を捨て、大勢の中に無勢で懸け入った
    のは、神妙である。その上、敵が反撃してきたの
    を撃退したのは、もちろん高名(手柄)である」

     とのことであった。その時、傍らで追撃隊に
    いた兵たちが、

     「兎にも角にも、兵は弓を射るべきであるなあ。
    なにせ、城の内にいながら、遠くまで敵を退けて、
    一番の高名となったのだから。我らは城から出て
    骨を折り、太刀・長刀で敵を打ち倒し、突き倒して、
    自ら数箇所を負傷したにもかかわらず、高名は
    弓兵の次である・・・」

     と語り合っていた。


    ▽ 高名とは時と場合によるもの

     これを聞いた正成は、彼らに諭すように語った。

     「つたないことを言うものではない。時により、
    事によって、高名には優劣があってしかるべき
    なのだ。この度は、あまりにも敵が弱かったので、
    城の塀のきわまでも来なかったのであるから、
    弓の高名となったのである。敵が塀を超えて、
    さらに近くまで来るような時は、太刀・長刀の勝負
    である。さらに近くして、取っ組み合うような時は、
    刀となる。このようなわけで、大昔から武具には
    数々の種類があるのだ。であるから、この先もお前達
    に高名がないなどということがありえるだろうか・・・。」

     このように言われて、初めに愚痴を言った者は、
    自らを恥ずかしく思ったのであった。


    ▽ 赤坂城に残った四人の脱出

     楠木勢が赤坂城を落ちるにあたり、正成は、
    勝多左衛門直幸、和田新五宗景、田原次郎正忠、
    生地兵衛為祐の四人を城内に残した。勝多・田原は、
    正成の家の子(血縁の家臣)、他の二人は郎従である。
    これらは皆、勇士の誉れがあった。

     城に火をかけたならば、寄手は四方から鬨(とき)の声
    を挙げて近づいてきた。四人の兵は、二人は西へ出て、
    二人は北へ出た。何れも戦死した城兵の首を両手に
    取り提げ、大声で「敵は未だに本丸にいるぞ。急げ、
    急げ」と叫んだ。

     これを聞いた数万の敵軍は、「こしゃくな兵どもだ」
    と云いながら、急いで城の奥へと駆け入った。
    こうして、西と北から数万騎の敵が城内に入ったが、
    夜のことであり、急なことでもあって、味方の目印
    さえも定めていなかった。そのため、数時間にわたり
    同士討ちとなって、兵二百余人が死んだ。


    ▽ 正しい恩賞の受け方とは

     四人は無事に正成が居る金剛山の奥に帰り、
    然々(しかじか)と語った。虎口の死を遁れる勇才も、
    また多くの敵勢の中に四人だけ留まったのも、
    正しい道のために死する覚悟があればこそであった。
    正成は、この四人の兵を「義があって忠もある。
    また勇もある」と褒めて、各々に太刀(たち)を
    与えようとした。

     四人が云うには、「弓矢取る身(武士)が
    君主の為に命を捨てることは、常にやるべきこと
    です。どうして我らに限ったことでありましょう。
    殿の土地で喰わせていただき、妻子に糧を与える
    こと数年、身命ともに殿の物であります。
    引出物(君主からの贈物)は、以前にも数年前に
    いただいております。それも、まだ最近のこと
    ですので・・・」と云って、受け取ろうとしなかった。

     正成は三度にわたってこれを与えようとした。
    そしてついには各々が受け取ったのであった。

     こうした場合には、二度目に与えようとされた
    時点で受けるべきである。一度目は、その他の兵で
    このことを知り、自分にも恩賞を得るだけの十分な
    働きがあったと自負しているのに、正成がこの兵
    に引出物をしようと考えていなかったならば、
    その兵は恨みを抱くことになる。(一度は辞退しながら、
    二度目に受けるというのは)このように思わせない
    ためであり、最もよろしい。

     三度目は無礼である。太刀を与えるということ
    は、正成のためには死を快くせよということである。
    また、君主の命令を辞退することであり、礼に背く
    ことにもなるのだ。

    (「恩賞の与え方と受け方」終り)



    (以下次号)


    (いえむら・かずゆき)

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    ● 著者略歴

    家村和幸 (いえむら かずゆき)
    1961年神奈川県生まれ。元陸上自衛官(二等陸佐)。
    昭和36年神奈川県生まれ。聖光学院高等学校卒業後、
    昭和55年、二等陸士で入隊、第10普通科連隊にて陸士長
    まで小銃手として奉職。昭和57年、防衛大学校に入学、
    国際関係論を専攻。卒業後は第72戦車連隊にて戦車小隊長、
    情報幹部、運用訓練幹部を拝命。
    その後、指揮幕僚課程、中部方面総監部兵站幕僚、
    戦車中隊長、陸上幕僚監部留学担当幕僚、第6偵察隊長、
    幹部学校選抜試験班長、同校戦術教官、研究本部教育
    訓練担当研究員を歴任し、平成22年10月退官。

    現在、日本兵法研究会会長。

    http://heiho-ken.sakura.ne.jp/


    著書に

    『真実の日本戦史』
    ⇒ http://tinyurl.com/3mlvdje

    『名将に学ぶ 世界の戦術』
    ⇒ http://tinyurl.com/3fvjmab

    『真実の「日本戦史」戦国武将編』
    ⇒ http://tinyurl.com/27nvd65

    『闘戦経(とうせんきょう)─武士道精神の原点を読み解く─』
    ⇒ http://tinyurl.com/6s4cgvv

    『兵法の天才 楠木正成を読む (河陽兵庫之記・現代語訳) 』
    ⇒ http://okigunnji.com/1tan/lc/iemurananko.html

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    ●本土決戦準備の真実ー日本陸軍はなぜ水際撃滅に帰結したのか(全25回)
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    ●戦う日本人の兵法 闘戦経(全12回)
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    《日本兵法研究会主催イベントのご案内》


    【第19回 軍事評論家・佐藤守の国防講座】

     演題 現代戦の要!航空作戦を語る 〜私の戦闘機操縦体験から〜

     日時 平成26年7月26日(土)13時00分〜15時30分(開場12時30分)

     場所 靖国会館 2階 偕行の間

     参加費 一般 1,000円  会員 500円  高校生以下 無料


    《日本兵法研究会主催イベントのご案内》

    【第16回 家村中佐の兵法講座 −楠流兵法と武士道精神−】

     演題『太平記秘伝理尽鈔』を読む(その6:豊島河原合戦)

     日時 平成26年8月9日(土)13時00分〜15時30分(開場12時30分)

     場所 靖国会館 2階 田安の間

     参加費 一般 1,000円  会員 500円  高校生以下 無料


     お申込:MAIL info@heiho-ken.sakura.ne.jp
         FAX 03-3389-6278
         件名「国防講座」又は「兵法講座」にて、ご連絡ください。



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    「台湾の声」【明後日】【台中市長候補】林佳龍台湾立法委員来日講演会のご案内【学生無料】【通訳あり】

    「台湾の声」【明後日】【台中市長候補】林佳龍台湾立法委員来日講演会のご案内【学生無料】【通訳あり】

     先頃の向日葵学生運動によって再び世界の自由、民主国家が台湾政治の行方を注目しつつありますが、1990年代に野百合学生運動に参加し、その後李登輝総統時代に国家安全会議委員を務め、陳水扁総統時代には行政院新聞局長に就任された林佳龍立法委員の講演会を、このほど都内で開催することとなりました。

     年末の地方選挙では民進党の台中市長候補として出馬の予定でもある林氏は、政治家ホープの一人として大きな期待を浴びているところです。当日は地域政治の問題から台日関係に関わる話まで聞くことができると思います。

     つきましては台湾に関心ある方々には是非ともご参加いただけますようご案内申し上げます。



    【日時】2014年6月29日(日)

    【会場】京王プラザホテル 4階 花A

        (東京都新宿区西新宿2−2−1 TEL: 03−3344−0111 )

        JR新宿駅西口より徒歩約5分/都営大江戸線都庁前駅B1出口すぐ

    【演題】サブリージョナル協力と都市外交—台日関係発展の前景を語る

    【講師】林佳龍氏(台湾国会議員)※日本語通訳有

    ■第一部:講演会

    受付15:00、講演会16:00〜18:30

    ■第二部:懇親会

    [会場]47階 あおぞら  18:30〜20:30

    【参加費】講演会のみ:¥1,000(学生無料) /講演会&懇親会:¥10,000

    【主催団体】在日台湾同郷会、在日台湾婦女会、日本台湾医師連合

    【共催団体】台湾独立建国聯盟日本本部、日本台医人協会、日本李登輝友の会

    【申込み】TEL:0424−22−4604(張信恵) Fax:03−5974−1795    Eメール:tehaino@nifty.com (6月25日までにお願い申し上げます)

    --------------------------
    6月29日「林佳龍台湾立法委員来日講演会」申込書

    ご氏名              

    Tel               Fax

    □講演会のみ □講演会&懇親会


    --------------------------

    『台湾の声』http://www.emaga.com/info/3407.html

    2014.6.27 11:00


    「台湾の声」6月25日に台湾で発生したこと

    〔フェースブックで拡散されている文書〕

    【拡散希望】
    私に日本の友達が多くありません。
    皆さんも大変忙しいと思いますが、
    ほんの少しだけ、読んでいただければうれしいです。
    今日、2014年6月25日に、台湾で発生したこと。

    [中国の閣僚級高官が台湾を初訪問]
    http://ppt.cc/6X~a

    今日は中国の国務院台湾事務弁公室主任・張志軍が初訪問で来台しました。
    ただし、ちょうどそのほんの数日前に、中国側にこのような声明がありました。

    [台湾反発、大陸側担当官発言「台湾の前途は中国人全体が決める」]
    http://ppt.cc/j8ae

    それで、張志軍に今のタイミングでは歓迎しない、「台湾の未来は台湾人が決めます」などの主張を直接伝えようと、
    昨日から張の宿泊ホテルに泊まっている社会運動団体のメンバーや民衆に対して、
    今朝、急に黒いスーツの人たちが客室のドアを破って、強制的に部屋を侵入し、退去を求めていました。
    当時の映像はこちらです。
    http://ppt.cc/aTDy

    これは中国ではなく、北朝鮮でもなく、
    恥ずかしながら、2014年の台湾に発生したことです。

    その後、部屋に泊まっているメンバーに弁護士の方もいるため、
    警察やホテル側と口論になったところ、
    強制的退去はやめましたが、
    今回は、ホテル側と警察によって、民衆への「監禁」が始まりました。
    http://ppt.cc/RRzP

    お水も、食事も与えず、最後にインターネットや電気さえ断じ、
    正真正銘の監禁でした。
    ホテルの外に抗議の民衆が集まっているが、
    大勢の警察を集め、民衆を排除しようとしていました。

    その一方、
    一部の民衆(どこから来たか分かりませんが)が
    空港に張を歓迎していました。
    その中に、中国の歌を歌ったり、五星紅旗を揚げた人もいました。
    隣に抗議しようとする民衆は警察に排除され、近くに行けなかったのに対し、
    歓迎した民衆は自由に歌って自分の意見を伝えて、
    抗議する民衆に喧嘩を売っても、
    警察は何も言わずに、ただ隣に見守っていました。

    馬政府はすでに中国政府と変わりのない暴政となっています。
    中国から来た官僚のために、
    中国から来た官僚との会議がうまくいくために、
    中国からきた官僚の顔色を伺うために、
    台湾のやっとちょっと手に入れた人権と民主主義と自由を犠牲しました。
    台湾の価値より、台湾人の意見より、
    馬政府は中国を選びました。

    支持率わずか10%の馬政府は、
    もはや台湾人の代理人ではありません。
    ただし、国民党は強大な資源と権力を持ち、
    国際社会にもよく誤った意見を伝え、台湾人の主張を誤解させようとしましたが、
    一人の台湾人として、厳正の抗議を申し上げます。

    台湾の未来は、台湾人が決めます。
    中国でもなければ、国民党でもありません。
    台湾は、台湾人の台湾である。

    また、中国は政治的に、経済的に周りの国を侵略しようとするのも事実です。
    これは、台湾だけの危機ではありません。
    日本やほかの国には、馬政府のような政府がないこと、うらやましく思いますが、
    決して油断しではいけません。

    ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
    これからも、他国のことでありながら、
    他国だけのことではないと思っていただいたり、
    見守り続けてくれればうれしいです。



    『台湾の声』http://www.emaga.com/info/3407.html

    2014.6.26 23:40

    「台湾の声」【 6 月 28 日】石川公弘氏と橋本理吉氏のW講師で「第 19 回台湾セミナー」開催

    【 6月28日】石川公弘氏と橋本理吉氏のW講師で「第19回台湾セミナー」開催

    日本李登輝友の会メールマガジン「日台共栄」より転載




     東日本大震災から3年目の今年4月1日、台湾・台中市の中山堂に1500人が集い「ありがとう台
    湾!がんばれ東日本!チャリティー演奏会」が開かれた。

     司会は女優で歯科医の一青妙(ひとと・たえ)さん。舞台にはオペラ歌手の古川精一(ふるか
    わ・せいいち)さんをはじめ、日台が誇るノーベル化学賞受賞者の根岸栄一博士と李遠哲博士、福
    島県南相馬市のジュニアコーラス合唱団「MJCアンサンブル」と津軽三味線の平野緑城門下の皆
    さん、台湾から国立台湾師範大学音楽学部の女性コーラス「幕声合唱団」などが登壇、最後に「花
    は咲く」の全員合唱で盛会裡に閉幕する。

     大成功したこの日台合同チャリティー演奏会を企画・実行した高座日台交流の会の石川公弘(い
    しかわ・きみひろ)会長と橋本理吉(はしもと・りきち)事務局長をお招きして、この企画の着想
    や出演者決定までの経過、当日の模様など、日台の絆をテーマにお話しいただきます。

     ご参加の方は、申し込みフォーム、メール、FAXにてお申し込み下さい。

    *ご参加の方に「台湾高座会留日70周年歓迎大会」と「ありがとう台湾!がんばれ東日本!チャリ
     ティー演奏会」で配布の記念誌をもれなくプレゼント!

                          記

    ◆日 時:平成26(2014)年6月28日(土) 午後2時〜5時(1時30分開場)

    ◆会 場:文京シビックホール 3階 会議室1

         *正面玄関入って右手のエレベーターをご利用下さい。
          東京都文京区春日1-16-21 TEL:03-5803-1100
          【交通】地下鉄:丸ノ内線・南北線「後楽園駅」徒歩2分
              地下鉄:都営三田線・大江戸線「春日駅」徒歩3分
              JR総武中央線「水道橋駅」徒歩10分
         http://www.city.bunkyo.lg.jp/sosiki_busyo_shisetsukanri_shisetsu_civic.html

    ◆演 題:次世代へつなぐ日台の強い絆

    ◆講 師:石川公弘氏(高座日台交流の会会長)

           [いしかわ・きみひろ] 昭和9(1934)年、神奈川県生まれ。同18年、海軍工廠寄宿
          舎舎監に転じた父と大和へ。早大大学院修士課程修了。東経大講師、日本ビジネスペ
          ンスクール取締役を兼務しながら大和市議会議員を28年務める。市議会議長時代に元
          台湾少年工と再会、台湾高座会留日50周年、60周年、70周年歓迎大会実行委員長。主
          な著書に『二つの祖国を生きた台湾少年工』など。高座日台交流の会会長、日台稲門
          会顧問、本会常務理事。

    ◆演 題:台湾に感謝の意を伝えたかったチャリティ演奏会

    ◆講 師:橋本理吉氏(高座日台交流の会事務局長)

           [はしもと・りきち] 昭和14(1939)年、福島県生まれ。田村高校卒業。同38年、自
          分の力を試してみたいと思い立って田舎を脱出し、同41年に橋本電気工事を創業。平
          成元年、不動産取引業のアール・アンド・エムを設立。同22年、橋本電気工事取締役
          会長に就任。台湾高座会留日50周年歓迎大会に携わったことから台湾にかかわり、60
          周年、70周年歓迎大会事務局長、チャリティ演奏会事務局長をつとめる。高座日台交
          流の会事務局長、本会理事。

    ◆参加費:1,500円(会員) 2,000円(一般) 1,000円(学生)

          *当日ご入会の方は会員扱い

    ◆申込み:申込フォーム、メール、FAXにて。 *6月27日(金) 締切 当日受付も可

          申込みフォーム:https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/m85qxmzjhqch
          E-mail:info@ritouki.jp  FAX:03-3868-2101

    ◆懇親会:講師を囲んで会場の近くにて

          参加費=男性:3,000円 女性:2,500円 学生:1,500円

    ◆連絡先:当日=090-1269-3918(柚原)

    ◆主 催:日本李登輝友の会
     〒113-0033 東京都文京区本郷2-36-9 西ビル2A
     TEL:03-3868-2111 FAX:03-3868-2101
     E-mail:info@ritouki.jp
     HP:http://www.ritouki.jp/
     Facebook:http://goo.gl/qQUX1

    -----------------------------------------------------------------------------------------
    6月28日「第19回台湾セミナー」申込書

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    ・会 籍:  会員 ・ 一般 ・ 入会希望 (いずれかに〇をつけてください)

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    ・懇親会:  参加 ・ 不参加 (いずれかに〇をつけてください)

    ——————————————————————————————




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    「台湾の声」【快挙】中国大使館の住所を「劉暁波プラザ」に

    【快挙】中国大使館の住所を「劉暁波プラザ」に 米下院委員会が法案可決

    2014.6.26産経新聞

     【ワシントン=加納宏幸】米下院歳出委員会は24日、ワシントン市内にある在米中国大使館の前の通りを、獄中で中国人初のノーベル平和賞を受賞した反体制作家の名前にちなみ「劉暁波プラザ」と改称する法案を可決した。天安門事件から25年を迎えたのに合わせ、中国政府による人権弾圧の事実を訴え、民主化を求める狙いがある。

     改称は2015会計年度の国務省関連予算法案に盛り込まれた。下院本会議や上院の採択を経て成立すれば、同市内の「インターナショナルプレース」にある中国大使館の住所は「劉暁波プラザ1番」となる見通しだ。

     同法案の修正案を提出したフランク・ウルフ下院議員(共和党)は大使館宛ての郵便物に劉氏の名前が記されることが中国政府への圧力となることを期待しており、「通りを改称することで、世界中で人権を保護しようとしている米国が強いメッセージを送ることになる」と主張する。

     北京からの報道によると、改称法案の可決について中国外務省の華春瑩報道官は25日の記者会見で「茶番だ」と不快感を示した。







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    2014年6月24日火曜日

    「台湾の声」【騙されないように】林志昇の嘘を検証する(2)

    【騙されないように】林志昇の嘘を検証する(2)


             アンディ チャン

    前号(No.501)のサンフランシスコ平和条約の第4条を検討した部
    分に間違いがあったので訂正いたします。米国が「主要占領国を持
    続保有」と言うウソを討論した部分の最後の二行、「不利な第2条a
    を書かず第2条bだけで「米国の占領権」を主張するのは詐欺手段
    だ」と書いた箇所は、第2条ではなく第4条aとbです。

    さて、林志昇の嘘の続きを書く気になったのは彼の嘘がかなり広が
    って騙される人が増えているからである。彼の手口はSFPTとか国際
    法、明治憲法など麗々しく書いた後で、書いていないことを推測し、
    断定する。読者はSFPTや国際法など調べないで信用してしまう。

    一ヶ月ほど前、スカリア(Antonin Scalia)最高裁判事がテレビ対談
    で、「法律とは常に正確に書かれている。書くべきことは書いている、
    書くべきでないことは書いていない」と言った。私は「これだ!」
    と感じた。林志昇は真実(あること)に嘘(ないこと)を混入して
    人を騙しているのだ。

    ●台湾は米国の領土と言う証拠はない

    6月19日の台湾守護週刊、No.127に廖東慶という人が「中国に台湾
    の主権を持っている証拠はあるのか?」と言う記事を掲載した。

    要約すると、中国が国連に加入した1971年、「台湾は中国領土の一
    部である」声明を出してもらいたいと要求した。国連側は台湾が中
    国の一部である証拠を提出せよと答えたが、9ヶ月待っても中国側
    は証拠を提出できなかったと言うのだ。

    ここまではよいが、筆者は最後のパラグラフで彼自身も証拠がない
    ことを堂々と書いている。

    最後のパラグラフを要約すると、どの国が台湾の主権を握っている
    かと言うと、SFPTに依れば米国である。1952年、60カ国がサンフラ
    ンシスコに集まってSFPTに署名したが、中国と中華民国は参加しな
    かった。日本は正式に台湾澎湖の主権を放棄し、その瞬間に台湾澎
    湖の主権は『正式に米国の所有』となった!。この条約の原本は何
    所に保存してあるかと言えば、米国国会図書館の『条約文書室』で
    ある。

    この部分は不正確な事実と嘘の混合である。SFPTの記述は不正確、
    台湾澎湖が米国の所有になった証拠はない。SFPTを詳しく検討して
    みよう。

    ●サンフランシスコ平和条約の詳細

    サンフランシスコ平和条約は1952年ではなく、1951年9月4日から
    20日までサンフランシスコで会議を開き、52カ国が参加した。この
    うち49カ国、つまり日本と48カ国の代表が9月8日に調印した。
    そして条約の第23条aに拠り、調印国のうち、主要占領国(Principal
    Occupying Power)の米国を含めた17カ国の過半数が条約を批准し、
    1952年4月28日に発効した。

    第23条aでこの条約が批准されなければならない、と書いたのは、
    代表が条約に調印しても調印国の国会が批准しなければならない。
    つまり条約に調印しても国が批准しなければならないのである。

    つまりSFPTの第23条aは各国の批准について述べているのであっ
    て、ここで林志昇が、第23条aに「主要占領国」とあるから米国が
    「占領権」と持ち、条約発効後も占領権を持つという主張は根拠が
    ない。SFPTには「占領権」について述べた箇所はない。スカリア最
    高裁判事の言う、「書いていないこと」をあるように主張した虚偽の
    陳述である。

    日本以外の49カ国のうち、インドネシアとルクセンブルグはSFPT
    に調印したが批准しなかった。

    これは私見だか、条約の原本が米国にあるというのはおかしい。調
    印国はそれぞれ原本を保持していて、批准書のみが米国に寄託され
    たのである。当然のことだが調印国は原本を本国に持ち帰って保存
    する、つまり49カ国が原本を持っているはずである。例えばオバマ
    とプーチンが条約にサインすると、その場で二つの原本に調印され、
    互いに原本を交換しあって握手する。

    林志昇グループは米国が原本を保有しているのは米国が主要占領国
    である証拠だと読者に思わせているが、調印国がそれぞれ原本を持
    っていなければおかしい。日本のSFPT原本は外務省条約局に保存さ
    れている。

    ●第2条「領土」と第4条「財産の処理」について

    ここでスカリア最高裁判事が述べた「書くべき事は書いている、書
    くべきでないことは書いていない」の検討をしたい。

    日本国はSFPT第2条bで台湾澎湖の主権を放棄し、第3条で沖縄を
    米国の信託統治制度の下に置くことに同意した。第2条bで台湾澎
    湖の主権は放棄されたが、米国に台湾の統治権または占領権がある
    とは書いていない。

    第4条bで日本は米国占領軍政府(The United State Military
    Government)が日本の財産処理を行った(過去形)ことを承認する
    と書いてある。だからと言って米国占領軍政府が第2条bに遡って
    台湾澎湖の領土処分権を有するとは書いていない。もしも米国が台
    湾の領土処分権を持つなら第2条bに明記していたはずだ。第2条
    に書いていのに第4条bを使って「財産も領土も処分権がある」と
    いう証拠にはならない。

    第23条aには「主要占領国(Principal Occupying Power)」と言う名
    詞が登場する。第23条は米国が条約を批准すべき条項だが、ここに
    主要占領国米国を書いたことを第2条に遡って「米国が台湾の占領
    権を持つ」と主張するのは間違いである。

    林志昇はこのほかにも第4条の米国占領軍政府と第23条の主要占領
    国を同一視して証拠にしているが両者は同じではない。占領軍政府
    は平和条約が発効した時点で解散された。林志昇の「占領権は継続
    して持っている」と言う主張は嘘である。

    ●間違った運動は独立を妨げる

    「米国は台湾の占領権、或いは主権を持つ」と言う林志昇の主張に
    は法的根拠がない。この主張で独立を熱望する人々を騙すことが出
    来ても、法的根拠がないから米国や諸国が承認しない。

    私は何度も林志昇と会談したことがあるし、林志昇グループの台湾
    民政府(TCG)、林志昇から派生した台湾米国政府(TGUSA)には友人
    がたくさん居る。彼らの熱意もよく理解している。皆は法的根拠が
    なければ独立は出来ないと悟るべきだ。







    『台湾の声』http://www.emaga.com/info/3407.html

    「台湾の声」林志昇集団の騙しのテクニック - 利用されないために

    林志昇集団の騙しのテクニック - 利用されないために

    多田恵 2014.6.22 18:00

    先日、ある勉強会から声がかかって、台湾のことを話しに行った。台湾の歴史からということだったので、高山国の話から始めた。また、戦後の独立運動について、台湾共和国臨時政府のことや、台湾青年社に始まる台湾独立建国聯盟と台湾党内の民主化運動や、国際社会の承認切り替えや、米国の台湾関係法について説明した。


    【疑惑の声を封じようとする林志昇】

    その勉強会の開催を知って、その会のある「民政府」を支持しているメンバーが、私を呼ぶことに反対したそうだ。「反対派の講演会を開くことは民政府反対運動をするのと同じだ」と会長に迫ったらしい。

    今年の1月24日、林志昇は2月15日に、日本の『皇民日報』を名誉毀損で訴え、「損失賠償」として3億台湾ドルを請求すると発表したとされる。同誌は去年の6月3日に
    「台湾(民)政府、その実態は詐欺行為くりかえす"カルト集団"」という記事をネットで発表したので、それが原因であろう。現在、『皇民日報』のサイトは事実上閉鎖されている。名誉毀損訴訟は中国国民党が良く使う手である。

    林志昇集団が、疑惑の声を押さえようと躍起になっていることがわかる。


    【権威を利用して疑惑を払拭しようとする林志昇集団】

    その人が、その会長を通じて、3つ、質問をよこしてきた。要は、林志昇集団は詐欺集団ではないということを、さまざまな権威を利用して示したいらしい。

    その一つは次のものであった:

    >台湾民政府公式サイトにある、御茶ノ水女子大学附属高校が
    >研修旅行で台湾民政府を訪問したという情報は事実か?
    >詐欺集団を訪れるとはどういうことか?
    >ご存知の通り、悠仁親王はお茶附の小学校です。
    http://www.fk.ocha.ac.jp/report/2013/1112_1152.html
    http://usmgtcg.ning.com/forum/topics/2013-10-20

    つまり、この人は、「御茶の水女子大学附属高校が台湾民政府を訪問した」と認識しているように見える。巧妙なのは、「事実か?」と質問の形にして、それが事実かどうかについての断定を避けていることだ。自らは、肯定も否定もしていない。それで、読んだ人には事実であるかのように思い込ませるわけである。

    かつ、皇族との関わりにも言及。いかにも詐欺師がやりそうなことである。


    【思い込ませる手口】

    そして、リンクを開いてみると、たしかに、御茶の水大学附属高校が台湾研修を行ったようだ。しかし、高校側のページには、「民政府」とのかかわりを示す記載はまったくなかった。

    そして「民政府」のホームページのほうには写真が4枚掲載されている。

    まず、おかしいのは、タイトルが「日本 茶之水女子高校 訪問團」となっていて、「御茶ノ水」の「御」を削除していることである。

    林志昇の若い妻・林梓安は西安出身の中国人で、スパイではないかと疑われている。だれが、このページを作成したかは不明だが、日本の代表的な大学の名前から「御」を削除したいというのは、単なる、日本理解の不足ではなく、中華思想の現れである。

    台湾では「おにぎり」を「御飯団」として販売し、また「御茶園」というお茶が販売されている。林志昇集団は、一般の台湾社会よりも、なお、中国的な性質を示していると言えよう。

    あるいは、高校側から抗議されたときに、「御茶の水女子大学附属高校」とは書いていない、と言い逃れをするためか?

    一枚目の写真は、日本の女子高生らしい一段が、日の丸や、「民政府」の旗を持って、集合写真に写っている。おそらく女子高生たちは、「民政府」の主張や報道を知らないで、ただ、歓迎に来た団体の旗だと思って、手にしたのだろう。

    二枚目以降は、ある日本人の婦人が、どうやら、お土産の包みを持って「民政府」を訪問した写真である。河村常夫に出迎えられて、その婦人が、林志昇やその新しい妻・林梓安とも会ったことがわかる。

    その写真に写っている「民政府」の入り口には「台湾(民)政府/歓迎/御茶の水女子大学附属高校親善訪問団加藤○○○さん/[草冠の下にさんずいに位]臨」(民政府は○○さんの訪問を歓迎します)という紙が貼ってある。

    たしかに、この女性は、集合写真にも写っている。

    実は、加藤○○○さんはたまたま知り合いなので、連絡を取ってみた。「御茶の水大学附属高校の台湾研修のスケジュールではない」、「写真がそのような宣伝に使われているのは知らない」、ということだったので、そのページをプリントして、林志昇集団についての資料とともに送ったところ次のようなメッセージをいただいた:

    「資料をお送りいただき大変驚いております。先方のことが良くわかりました。今まではまったく知らず、台湾の方より紹介され、個人の方との付き合いでした。利用されました。今後は一切関係を持つことはありません。」

    つまり、もしあなたが有名人であったり、名誉ある団体に所属していたり、関わっていたりしたら、彼らはそれを利用するという教訓なのである。特に、インターネットを使わない人は、彼らが怪しいという情報に触れていない可能性があるので、気をつけたほうがいいだろう。


    参考:
    日本語ネットメディアで出された「民政府」についての注意喚起(『台湾の声』を中心として。他誌の場合は注記した)

    2013/03/21 【読者便り】さよなら「台湾民政府」
    2013/04/10 【要注意】「台湾民政府」林志昇カルト集団に注意!(長文)
    2013/04/14 【林志昇詐欺集団】警察でも警戒呼びかけ
    2013/04/18 【読者便り】台湾民政府は林志昇のカルト詐欺集団である
    2013/04/20 【NEWS】台南警察、林志昇集団のチラシを詐欺と断定
    2013/5/15 "詐欺集団!?「台湾(民)政府」にご注意を!傳田 晴久"の紹介文〔日本李登輝友の会メールマガジン「日台共栄」Vol.1862〕
    2013/5/16 【傳田晴久の台湾通信】「台湾民政府」詐欺にご注意を 
    2013/6/3台湾(民)政府、その実態は詐欺行為くりかえす"カルト集団"〔『皇民日報』現在閲覧不可〕
    2013/10/4【台湾から警告】林志昇集団、狙いを日本に〔台湾の声台湾レポート 〕
    2014/2/7保守派は注意!台湾は「天皇の領土」に非ずー不敬な謬説流布する「台湾民政府」の目的とは〔台湾研究フォーラム永山英樹氏ブログ『台湾は日本の生命線!』〕
    2014/2/8【 NEWS 】台湾研究フォーラムも林志昇集団について警鐘
    2014/2/9【QアンドA】「台湾はどの国の領土?」
    2014/2/10【反響】林志昇集団の悪質さ/「台湾是 [ 口那 ] 一国的領土?」
    2014/5/21【注意喚起】林志昇集団とその分派の主張の危険性
    2014/5/21 15:00 【反響】人の名前を勝手に利用する林志昇グループ
    2014/5/22"林志昇集団とその分派の主張の危険性 多田 恵"の紹介文〔日本李登輝友の会メールマガジン「日台共栄」 Vol.2136 〕
    2014/6/16【台湾紙報道】「台湾民政府」による証明書販売、捜査機関が違法性を調査
    2014/6/17【告発】呆れた!林志昇集団河村常夫が虚偽の宣伝
    2014/6/21【アンディ・チャン】林志昇の嘘を検証する


    『台湾の声』http://www.emaga.com/info/3407.html



    「台湾の声」【何故?】台湾が「国立」削除に猛抗議 故宮展ポスターで

    【何故?】台湾が「国立」削除に猛抗議 故宮展ポスターで


    【編集長の一言】

      今まで台湾を「一地区」と公言した馬英九は「国立」こだわるはずもない。

      土壇場になっての抗議は二つの要素がある。一つは馬英九の「祖国」である中国に「日本に厳しい姿勢」を見せるためと、24日の中国台湾弁公室主任張志軍の台湾訪問への批判を交わすためである。

      日本を批判中国の歓心を得ようとしていることは馬英九の狙いなのだ。

                「台湾の声」編集長 林 建良

    2014.6.20共同通信

     【台北共同】東京国立博物館で24日から始まる「故宮展」を前に、台湾総統府と台北の故宮博物院は20日、日本側が正式名称の「台北国立故宮博物院」から「国立」を削除したポスターを作成、都内に掲示しているとして抗議する声明を発表した。

     修正に応じない場合「一切の展示活動を取り消す」と主張し、「名誉団長」を務める馬英九総統の周美青夫人の訪日にも影響すると指摘した。

     展覧会の名称は「台北国立故宮博物院—神品至宝—」だが、日本は台湾を国と承認していないため「国立」の文言を使用するかどうか日本側関係者の間で議論となり、最終的に固有名詞として扱うことになった経緯がある。




    『台湾の声』http://www.emaga.com/info/3407.html

    「台湾の声」中国の影響と戦う台湾の今

    中国の影響と戦う台湾の今

    台湾の声 2014.6.21 08:10

    民進党の党綱領を「凍結」させようとする中国に対し、6月7日に頼清徳・台南市長が、「台湾の前途は2300万人(の台湾人が)決める」、「民進党が先か、台独が先か?」と発言したことについて、中国の「国家台湾弁公室」のスポークスマン・范麗青(はん・れいせい)が、6月11日、コメントを出した:「中国の主権と領土の完全性についての問題は、台湾同胞を含む全中国人民が共同で決めなければならない。」

    この発言について、ヒマワリ学生運動の陳為廷は「(中国に対して)お前には関係がない」、林飛帆は「自慰に過ぎない」と批判している。

    台湾当局は11日、「"中華民国"憲法の枠組みの下で、台湾の2300万の人民が共に台湾の未来を決定する」と強調したが、「"中華民国"憲法の枠組みの下」という形で、人民の自決権に制限を加えている点に、不満の声が上がっている。

    民進党は7月20日に全国党代表大会を行うが、19日に、一部の党代表が「台独綱領」の凍結を求める提案を行うための署名を提出したことが明らかになり、議論が起こった。この提案について、陳為廷は、「自ら武装解除して投降することだ」と批判している。

    この提案の起草者は、元立法委員の陳昭南・郭正亮、大陸委員会の元副主任委員・童振源、美麗島電子報副理事長・吳子嘉らであり、党代表・許錦構、易錦隆が提案人となっている。

    今日6月21日は、「サービス貿易協定」調印満1年。ヒマワリたちはさまざまな活動を計画しているようだ。


    『台湾の声』http://www.emaga.com/info/3407.html



      

    「台湾の声」【アンディ・チャン】林志昇の嘘を検証する

    林志昇の嘘を検証する

                      アンディ・チャン

    16日の「台湾の声」に「【告発】呆れた!林志昇集団河村常夫が虚
    偽の宣伝」が掲載された。日本だけでなくこの一ヶ月あまりは林志
    昇の嘘の宣伝が毎日のように入ってくる。台湾でなく日本にも被害
    が及ぶなら徹底検証すべきだ。

    林志昇の活動は以下のように要約される:
    1.2006年米国地方裁判所に米国政府を告訴したが却下された。
    2.2009年米国高等裁判所に上訴したが地方裁所の判決を支持。
    3.最高裁に上訴したが却下された。
    4.国際法に依れば台湾は天皇陛下の神聖不可分の領土と主張。
    5.台湾民政府を組織したが2013年に分裂。
    6.分裂した仲間が台湾民政府とは別に米国台湾政府を創った。

    ●林志昇の訴訟と主張

    2006年10月、林志昇は米国地方裁判所に米政府を告訴した。
    (A)日本はサンフランシスコ平和条約第2条bで台湾澎湖の主権を
    放棄したが、台湾澎湖はSFPTが発効するまで日本領土だった。
    (B)米国は戦後処理の「主要占領国」で台湾にも占領権がある。
    (C)SFPT発効後も占領権は持続している、
    (D)米国は台湾人に米国パスポートを発行すべき。

    この争点は二つある:
    米国は戦後処理の主要占領国で、今も占領権を持つと言う主張は明
    らかに間違いである。SFPT第1条で「日本と連合国の戦争状態は第
    23条の決めるところにより終了し、日本国民の完全な主権を承認す
    る」と書いている。占領状態が継続して居る事実はない。

    米国は主要占領国だから台湾に対しても占領権があると言う主張。
    米軍(GHQ)は台湾に顧問団(Military Assistance Advisory Group:
    MAAG)を派遣したが占領軍ではなかった。MAAGは平和条約締結後に
    解散した。占領権があったと主張しても米国領、領民でもない。パ
    スポート要求は根拠がない。二つとも嘘である。

    ●米国は「主要占領権を持続保有」と言うウソ

    林志昇は米国が「主要占領国」だったことをSFPTの第4条b、第23
    条で証明していると主張するが、これが林志昇の得意とする事実の
    歪曲である。SFPTで主要占領国(Principal Occupying Power)と言
    う名詞が使われたのは第23条a「条約の批准」の一箇所だけである。

    第23条は、「この条約は、日本国を含めて、これに署名する国によ
    って批准されなければならない(以下略)」とある。つまり署名した
    国国が平和条約を批准しなければ効力を発しないと言うことだ。

    米国が45年から52年まで戦後処理の「主要占領国」であったとし
    ても、今でも「占領権」を保持している証拠ではない。林志昇は第
    23条で占領権が持続していると宣伝しているがSFPT第23条「条約
    の発効」にその事実が見当たらない。勝手な解釈と憶測だ。

    第4条b「財産の処理」で(b)日本国は第2条(領土の処分)及
    び第3条(沖縄の信託統治)に掲げる地域のいずれかにある合衆国
    軍政府(United States Military Government)により、またはその指
    令によって行われた(註:過去形)日本国及びその国民の財産の処
    理(註:財産であって領土ではない)の効力を承認する。第4条は
    財産の処理で領土の処分は第2条で決められたものである。

    つまり日本国は戦後45年から52年までの間に連合軍が日本国内及
    び第2、第3条にある地域で「処分した(過去形)」財産の効力を認
    めたが、1952年以降も米占領軍(米国と書いていない)が財産処分
    権を保有しているのではない。無いものをあると宣伝するのは林志
    昇の欺瞞である。たいていの人は条約を詳しく研究しないから林志
    昇が条文を「少し改造」しても騙されてしまう。

    また林志昇は第4条bを取り上げて米国が台湾の財産処理権を持つ
    と言うが事実とは違う。第4条aでは「第2条に掲げる地域にある
    連合国またはその国民の財産は、まだ返還されていない限り、施政
    を行っている当局が現状で返還しなければならない」と明記してあ
    る。つまり台湾澎湖の財産は「施政当局」中華民国政府が返還すべ
    きで米国軍政府は財産処分に関与していない。不利な第2条aを書
    かず第2条bだけで「米国の占領権」を主張するのは詐欺手段だ。

    ●高裁判決文を悪用

    林志昇は米国高裁のブラウン裁判官の判決文で、「台湾は国ではない。
    台湾人は国籍がない。台湾の住民は政治煉獄の中で暮らしている」
    と書いた(つまり判決した)、だから訴訟が却下されても勝ったのだ」
    と主張している。この主張が今でも林志昇グループの主張焦点で、
    彼らは「ブラウン裁判官は台湾人は今でも政治煉獄で暮らしている」
    と判決したと言う。判決文を読めば事実ではないとわかる。

    ブラウン裁判官は判決の序文で「台湾人…云々」と書き、原告のこ
    の主張が訴訟の要点であるとを紹介したに過ぎない。判決文を読め
    ばブラン裁判官が「台湾人…云々」を認めた判決をした箇所はない。
    裁判官が台湾人の主張を認めたから、訴訟が却下されても勝ったと
    主張するのは嘘である。

    判決文の最後に「原告側は、台湾人がフィリッピン人と同じく米国
    に永久忠誠を誓ったから米国国民と同等の権利を有する」と主張す
    るのは不当である」と判決した。つまり米国の判決の後、林志昇
    グループが「天皇陛下に忠誠を示す天皇誕生日祝賀団」を作っても
    日本国籍を取得する権利はないのである。

    ●台湾は天皇陛下の神聖不可分の領土

    米国の訴訟が不発に終わったあと、林志昇は「国際法に依れば戦争
    で領土の処分は出来ない。明治憲法に依れば台湾は天皇の神聖不可
    分の領土である。日本政府がSFPTで台湾の主権を放棄しても天皇の
    権利は存在する」と主張しだした。米国のパスポートが取れなかっ
    たから国際法を振りかざして天皇の領土権を主張している。

    では林志昇はアメリカ人なのか、日本人なのか。この矛盾を説明す
    るため林志昇は台湾は『日属米占』、つまり日本天皇の領土を米国が
    占領していると言うのだ。こんなバカなことを信じる台湾人が居て、
    林志昇は三年連続して12月の天皇誕生日に100人あまりの『天皇
    祝寿団』を組織して宮城でバンザイを叫んでいる。天皇に忠誠を誓
    っても日本国籍を取れるはずがない。詐欺集団と呼ばれるはずだ。

    ●国際法と明治憲法の乱用

    米国の訴訟が失敗したので、国際法、明治憲法、天皇の神聖不可分
    の領土などと言い出したのだ。米国でパスポートを要請したことは
    隠して、今では「米国が承認した」と称する台湾民政府の身分証を
    発行している。

    「国際法に依ればSFPTの領土処分は違法」なら国際法廷に提訴すべ
    きである。「台湾は天皇の神聖不可分領土」なら日本の法廷に提訴
    すべきである。法を論じながら法的手段を取らず、勝手な言論を弄
    して台湾人や日本人を騙すのは「詐欺行為」である。

    林志昇は米国が台湾に大使館を建設し、海兵隊が駐屯することにな
    ったのは米国が台湾の占領国である証拠で、海兵隊の駐屯林志昇の
    台湾民政府を支持する証拠だと宣伝し、騙されて信じる人が居る。
    AITに尋ねればわかる簡単な嘘である。

    また、米国に於ける林志昇の訴訟は却下されたが、台湾の帰属は未
    決だから米国は台湾民政府の成立を支持していると宣伝しているが
    事実ではない。米国は戦後一貫して台湾の占領権が有ると発表した
    事はない。証拠もないことをあるように宣伝しても台湾独立に役立
    つことはない。平和条約や裁判の判決文を勝手に解釈しても台湾人
    を迷わせるだけである。


    「国際法に依ればSFPTの領土処分は違法」なら国際法廷に提訴すべ
    きである。「台湾は天皇の神聖不可分領土」なら日本の法廷に提訴
    すべきである。法を論じながら法的手段を取らず、勝手な言論を弄
    して台湾人や日本人を騙すのは「詐欺行為」である。


    〔AC通信:No.501(2014/06/19)〕

    『台湾の声』http://www.emaga.com/info/3407.html




    「台湾の声」【楠木正成の統率力第5回】神仏を信じるということ

    【楠木正成の統率力第5回】神仏を信じるということ
             

    家村 和幸


    ▽ ごあいさつ

    こんにちは。日本兵法研究会会長の家村です。

     『太平記』を読んで驚かされるのは、そこに
    出てくる軍勢の兵数の多さです。小さな山一つ
    を「数十万」や「百万」余騎で囲むといった、
    現実にはありえないような描写がいくつも
    記されています。

     『太平記秘伝理尽鈔』では、こうした軍勢の
    兵数の誇張について、それぞれの合戦ごとに
    詳しく解説しております。たとえば、赤坂城の
    寄せ手(攻撃側)は『太平記』では三十万騎
    とされていますが、『太平記秘伝理尽鈔』では、
    これについて以下のように解説しています。

    (引用開始)

     古い書には四万余騎とある。元国にこの書
    を渡す時、三十万騎と書きなおしたのである。
    その理由は、異国(元国)でも周辺の国に書を
    渡すにあたっては、このように実数よりも大きく
    書きなおすからである。

     それでは、(日本は)元国には、どれほどの
    虚偽の話を流したのであろうか。この「四万」を
    「三十万」に増やしたのは、七倍に膨らませたと
    いうことである。その中でも西国の軍勢について
    は、実数の三倍とした。西国の実情は、異国に
    おおよそ知られている(注:つまり、嘘がわかって
    しまう)。東国であれば、元国も知ることがない
    からである。

    (以上、「太平記秘伝理尽鈔巻第三 赤坂城軍(いくさ)の事」より)

     異国に誇張した兵数の情報を流すことは、侵攻に
    対する抑止力となります。このように、当時の日本
    も外交を通じた「情報戦」を展開していたことを
    物語っており、たいへん興味深いものがあります。

     それでは、本題に入りましょう。


    【第5回】神仏を信じるということ


    ▽ 赤坂城の落城と楠木正成の脱出

     関東から来援してきた鎌倉幕府方の大軍は、近江国
    に入る前に笠置の城が落ちたことを知り、伊賀や宇治
    を経由して、楠木正成が立て籠(こも)っている赤阪城
    に向かった。


     赤坂城を包囲した幕府軍に対して、正成は選抜した
    強弓二百人を城中に配置するほか、塀を二重に
    こしらえて敵兵がこれをよじ登ると崩したり、熱湯や
    煎った砂、糞尿などを浴びせるなど、さまざまな機略を
    めぐらして翻弄(ほんろう)した。

    しかし、急ごしらえの城のため、兵糧の準備が不十分
    だったので、自ら城に火を放ち、自害したように見せ
    かけて、行方をくらませたのであった。


     小雨が降る夜中に楠木の軍勢は、武具をはずして
    三人から五人づつ敵兵に紛れ、静かに落ちて行った。

    楠木正成が幕府軍の侍大将・長崎高貞の陣前を通過
    していると、敵の兵士から「詰所の前を了解も得ずに
    そっと通っていくとは、何者だ」ととがめられた。


     正成は、「大将の身内だが、道を間違えたようだ」と
    言いながら、足早にその場を去ろうとした。しかし敵兵は
    「怪しい奴だ。馬泥棒ではないのか。射殺してしまえ」と
    近くに走り寄って真正面から弓を射た。


     敵兵が放った矢は、正成の腕に命中したが、
    突き刺さることもなくはね返った。矢が当った部位には、
    正成が肌身離さず持っていたお守りがあり、その中に
    入っていた観音経の「一心称名」と書かれた二句の
    偈(げ)に、矢の先が刺さったまま残っていたのであった。

    このことにより、正成は命を落とすことなく二十余町
    (約2キロメートル以上)を逃げ延びることができた。

    (注)偈とは、経典の中で、詩句の形式で仏や菩薩の教えを説いたもの。



    ▽ 正成、神仏を信じる心を語る

     正成は、観音経を長年信仰し、読誦を続けてきた。
    正成に当った矢が、観音経の一心称名の偈により
    はね返されたことについて、後に正成は、家来たちに
    次のように語っている。

    (以下、「太平記秘伝理尽鈔巻第三 赤坂城軍の事」より)

     勇士であるならば、取り分け神仏を信じるのは、
    良いことである。

    信じるというのは、常に精進し、水こりの行をして、
    神仏を拝み奉り、御名を唱えることだけをいうの
    ではない。神仏の掟(おきて)を堅く守るということ
    が肝要である。


     それは、一つには約束を違えず、虚言をしない
    ことである。一切の禍は、虚言から発する。仏は
    妄語を戒めと説き、神は謀計の詞(ことば)を
    「あだし言(空しい言葉)」として、大いに穢れているとされる。


     そうであっても、国のため、諸人のためであれば、
    謀計もあらねばならない。これは方便であって、
    やむを得ないものとされる。

    ただし、一身を栄えんがために、虚言だけを言って
    諸人を迷わせ、上を掠(かす)めるのは、大いに無道
    なのである。これでは神にも仏にも憎まれ、諸人にも
    指をさされることになる。


    ▽ 神仏の掟、その2─無欲と慈悲

     二つには、我のみ栄え、慈悲がないようでは
    いけない。仏はこれを独覚と戒め、神は
    「味気無し(あじきなし)」として追いやられる。

     我のみが栄えれば、乱の端緒となる。
    我が人を捨てれば、人も我を捨てる。我がこれを
    取ろうと欲すれば、人もこれを取ろうと思う。
    これゆえに争いが生じるのである。

    争いが生じるがゆえに、強い者は勝ち、弱い者は
    負ける。負けるがゆえに弱い者は強い者に従う。
    火に薪(たきぎ)を加えるように、強い者は
    益々強くなるので、奢侈(ぜいたく、おごり)が
    出てくるのである。


     驕りを極めて、君主を崇(あが)めることなく、
    民をないがしろにして、侮(あなど)る。このように
    なれば、国は乱れて家は亡びるのである。
    こうしたことから、我のみが栄えることは、仏神
    ともに禁じられるのである。


    ▽ 神仏の掟、その3─身と意の不浄を誡める

     三つには不浄である。それには二つある。
    一つは「身」の不浄、もう一つは「意」の不浄である。


     身の不浄というのは、魚鳥を喰い、妄りに妄淫を
    なすような類いを根本とする。また、神の禁(いまし)めに、
    死ぬことの不浄を忌むことがある。これは、生きる
    ことを堅く誡めるためである。


     次に意の不浄というのは、欲心が深く、人を養育
    するという考えが無く、財宝をいたずらに集め積んで
    楽しみ、我が身の為に使うときは砂石を散らすか
    のようになるのを云う。


     身の不浄は罪が少ないが、意の不浄は禍(とが)が
    多い。今の人は拙(つたな)くして、この道理を知らない。
    朝と暮れに行水を好んで神仏を礼拝しながら、
    意の不浄というものを知らない。

    親孝行をせず、君主への忠節心が無い。欲心が深くて、
    またその願いを聞けば、金銀・米銭などで満たされる
    ことを祈り、玉楼・金殿の数を並べることを願いとする。


     かりにも正しい道を祈らずに、どうして神仏が受けて
    下さることがあろうか。身に徳が無くして栄えるのは、
    不義の富貴であり、浮かんだ雲のようなものだと
    言われる。

    先ず身を栄えたいと欲する者は、その身の徳を
    分別しなければならない。身に徳が備われば、
    自ら富んで必死の難を遁(のが)れるのである。


     正成は至らずといえども、少しはこの道理を
    嗜(たしな)んでいるので、このように仏神の憐れみ
    があったのだ。


     正成は、家来たちにこのように語ることで、
    人の道を教え諭したのであった。


    ▽ 言行一致であった楠木正成

     正成が口先だけで、このようなことを言って、
    身にその行いが無ければ、どうして人は信頼した
    であろうか。その道を行ってきたがゆえに、
    世の人々も正成の言葉を信じたのであった。


    (「神仏を信じるということ」終り)

    (以下次号)


    (いえむら・かずゆき)

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    ● 著者略歴

    家村和幸 (いえむら かずゆき)
    1961年神奈川県生まれ。元陸上自衛官(二等陸佐)。
    昭和36年神奈川県生まれ。聖光学院高等学校卒業後、
    昭和55年、二等陸士で入隊、第10普通科連隊にて陸士長
    まで小銃手として奉職。昭和57年、防衛大学校に入学、
    国際関係論を専攻。卒業後は第72戦車連隊にて戦車小隊長、
    情報幹部、運用訓練幹部を拝命。
    その後、指揮幕僚課程、中部方面総監部兵站幕僚、
    戦車中隊長、陸上幕僚監部留学担当幕僚、第6偵察隊長、
    幹部学校選抜試験班長、同校戦術教官、研究本部教育
    訓練担当研究員を歴任し、平成22年10月退官。

    現在、日本兵法研究会会長。

    http://heiho-ken.sakura.ne.jp/


    著書に

    『真実の日本戦史』
    ⇒ http://tinyurl.com/3mlvdje

    『名将に学ぶ 世界の戦術』
    ⇒ http://tinyurl.com/3fvjmab

    『真実の「日本戦史」戦国武将編』
    ⇒ http://tinyurl.com/27nvd65

    『闘戦経(とうせんきょう)─武士道精神の原点を読み解く─』
    ⇒ http://tinyurl.com/6s4cgvv

    『兵法の天才 楠木正成を読む (河陽兵庫之記・現代語訳) 』
    ⇒ http://okigunnji.com/1tan/lc/iemurananko.html

    がある。


    【過去の連載】いまでもメルマガで読めます。

    ●本土決戦準備の真実ー日本陸軍はなぜ水際撃滅に帰結したのか(全25回)
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    ●戦う日本人の兵法 闘戦経(全12回)
    http://okigunnji.com/1tan/lc/tosenmm.html



    《日本兵法研究会主催イベントのご案内》


    【第16回 家村中佐の兵法講座 −楠流兵法と武士道精神−】

     演題『太平記秘伝理尽鈔』を読む(その5:京都奪還作戦)

     日時 平成26年6月21日(土)13時00分〜15時30分(開場12時30分)

     場所 靖国会館 2階 田安の間

     参加費 一般 1,000円  会員 500円  高校生以下 無料


    【第19回 軍事評論家・佐藤守の国防講座】

     演題 現代戦の要!航空作戦を語る 〜私の戦闘機操縦体験から〜

     日時 平成26年7月26日(土)13時00分〜15時30分(開場12時30分)

     場所 靖国会館 2階 偕行の間

     参加費 一般 1,000円  会員 500円  高校生以下 無料


     お申込:MAIL info@heiho-ken.sakura.ne.jp
         FAX 03-3389-6278
         件名「国防講座」又は「兵法講座」にて、ご連絡ください。


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    「台湾の声」【ニュース】民進党、柯文哲氏を公認

    【ニュース】民進党、柯文哲氏を公認

    台湾の声ニュース 2014.6.19 0:26

    民進党は昨18日の中央執行委員会において、台北市長候補として柯文哲(か・ぶんてつ)氏を公認し、全力で支持することを決定した。また新北市長についても、民進党の候補である游錫[方方/土](ゆう・しゃくこん)氏と台湾団結聯盟の候補である林志嘉氏から候補を一本化する方向で調整することを決定した。

    『台湾の声』http://www.emaga.com/info/3407.html



    2014年6月18日水曜日

    「台湾の声」【五つの事実】慰安婦問題の正しい理解のために

    【五つの事実】慰安婦問題の正しい理解のために
    2014,6,18


                「史実を世界に発信する会」事務局長 茂木弘道



    慰安婦問題の正しい理解のためには、次の5つの基本的な「事実」を確認しておくことが絶対的に必要である。この5つの基本的な事実は、幾多の「見解」の一つではなく、否定のしようのない客観的な社会的な事実である。しかも大事なポイントである。これらの重要な事実を無視した慰安婦問題の議論は、空論、もしくは事実の歪曲にならざるを得ない。

    1、「慰安所」は、当時日本全国に合法的に存在していた「遊郭」「妓楼」「売春宿」を戦地でも開業したものである。

    2、従って、慰安婦の大半は日本人であり、特に朝鮮をどうこうなどということは全くなかった。従って、現在慰安婦問題が、「朝鮮人慰安婦問題」として議論されていることは極めて異常なことと言わなければならない。 

    3、従って、米軍尋問調査(US Office of War Information No.49)では、「A comfort girl is nothing more than a prostitute or "professional camp follower"」と極めて正確に報告されている。

    4、慰安婦の収入は、上等兵(10円/月)の約30倍〜100倍という高収入

    5.軍の関与は「義務」であった。
     妓楼など売春施設については、地方自治体、東京都では衛生局が衛生管理を義務として行い、警察は悪徳斡旋業者を摘発し、売春婦が不当な扱いを受けないよう監視するなどしていた。戦地では、之に加え、身の安全を確保するなどの当然の義務を軍が果たしていた。軍の関与は良い悪いの次元ではなく、当然の義務であった。

     全文はこちらです。 http://hassin.org/01/wp-content/uploads/Guide.pdf
    英訳版は、 下記の通り、英文版 Newsletter で海外4000の宛先にemail 発信された。http://www.sdh-fact.com/CL02_1/113_S4.pdf
    平成26年6月17日 「史実を世界に発信する会」茂木弘道

    A GUIDE TO UNDERSTANDING THE COMFORT-WOMEN CONTROVERSY
    Anyone who wishes to arrive at an accurate understanding of the comfort-women controversy needs to be aware of five basic facts. I am referring not to opinions or perceptions, but to irrefutable, objective, social facts.

    Furthermore, they convey important information, ignorance of which is certain to render debates about the comfort-women problem speculative, or worse, fraudulent. The five basic factors are as follows:

    1.
    Until the latter half of the 20th century, prostitution was legal in Japan and houses of prostitution could be found in every entertainment district. Military brothels were established in overseas war zones.

    2.
    The majority of comfort women were Japanese; Korean comfort women received the same remuneration and treatment, and had the same responsibilities

    3.
    "A 'comfort girl' is nothing more than a prostitute or 'professional camp follower;" this description of the comfort women in Report No. 49, issued by the US Office of War Information, is remarkably accurate.

    4.
    The comfort women were extremely well paid; receiving 30 to 100 times more than the salary of a private first class (10 yen per month)

    5.
    Involvement of Japanese military authorities was obligatory
    In Japan, local government (for instance, the Public Health and Hygiene Bureau in Tokyo Prefecture) was responsible for the oversight of brothels. The police apprehended deceitful recruiters and kept watch to ensure that prostitutes were not mistreated. In war zones the military authorities fulfilled these functions, and also exercised their obligation to keep the comfort women safe. Japanese military administrators were simply doing their duty.

    Full text:  http://www.sdh-fact.com/CL02_1/113_S4.pdf
    Questions are welcome.

    Sincerely,

    MOTEKI Hiromichi, Secretary General
    for KASE Hideaki, Chairman
    Society for the Dissemination of Historical Fact
    Phone: 03-3519-4366
    Fax: 03-3519-4367
    Email moteki@sdh-fact.com
    URL http://www.sdh-fact.com

    Note: Japanese names are rendered surname first in accordance with Japanese custom.





    『台湾の声』http://www.emaga.com/info/3407.html

    「台湾の声」【東京7月5日】鄭弘儀先生来日演講会【台湾語】【学生免費】

    【東京7月5日】鄭弘儀先生来日演講会【台湾語】【学生免費】

     太陽花学運之後、許多日本人都在問那些学生們到那裡去了、現在有什麼活動。大家都関心台湾的将来走向。

     台湾家喩戸暁的政治評論家鄭弘儀先生将於7月5日来日、在東京講演一場。

     嘉義農家出身的鄭先生曽当過多年的新聞記者、随後在三立電視台主持十多年全台湾収視率最高的政治評論節目「大話新聞」。有許多民衆必須看完這節目後才上床睡覚休憩。鄭先生触角敏鋭、深入浅出、従庶民的角度、以平易近人的口吻来日本転播現在的台湾。

     6月29日(日)聴完政治家林佳竜描述的台湾之後、譲鄭弘儀帯我們従不同的角度再看一次台湾。也許是愛台湾的人難得的享受。

     歓迎大家踴躍参加這個盛会。
     


    【日時】2014年7月5日(土)

    【会場】アルカディア市ヶ谷(私学会館)3階 富士(東)
        (東京都千代田区九段北四丁目2番25号 TEL:03−3261−9921 )
        JR中央線(各駅停車)市ヶ谷駅
        地下鉄 有楽町線・南北線 市ヶ谷駅(1またはA1)出口
        地下鉄 新宿線 市ヶ谷駅(A1またはA4)出口

    【演題】台湾是什麼?        使用語言:台湾語

    【講師】鄭弘儀氏(政治評論家、名嘴)

    【受付】17:00、講演会18:00〜20:00

    【参加費】¥1,500(学生無料)

    【主催団体】在日台湾同郷会、在日台湾婦女会、日本台湾医師連合
    【共催団体】台湾独立建国聯盟日本本部、日本台医人協会、台湾之声、
          日本台湾語言文化協会

    【申込み】TEL: 0424−22−4604(張信恵) Fax:03−5974−1795   

         Eメール:tehaino@nifty.com (参加報名期限:7月3日)

    ———————————————————————————————————

    7月5日「鄭弘儀先生来日演講会」参加報名表

    姓名              

    Tel               Fax


    ———————————————————————————————————

    『台湾の声』http://www.emaga.com/info/3407.html

    2014.6.17 22:25



    「台湾の声」6月21日【北大】『牽阮的手 Hand in Hand 』上映会

    6月21日【北大】『牽阮的手Hand in Hand』上映会

    日時:2014年6月21日(土)午後1時半から5時半

    場所:北海道大学クラーク会館 3F国際文化交流活動室

    ・主催者:北海道台湾人留学生会
    ・司会:北大国際広報メディア観光学院院生 許玉萱
    ・映後解説:北大法學研究科交換生 許仁碩
    ・映画予告編:https://www.youtube.com/watch?v=f4z7okX0wAQ
    ・言語:

    映画:日本語、台湾語、中国語
    字幕:中国語、英語
    解説:日本語

    ・活動簡介(日本語版もある):
    臺灣今年3月的社會運動,激起了留學生們的海外串聯,3/30札幌、東京、京都、福岡、沖縄的海外聲援活動,也串起了臺灣留日學生們的心。繼東京、京都與名古屋之後,札幌也將舉弁《牽阮的手》電影放映會,並於映後解説片中提到的臺灣民主運動事件。讓我們一起回首來時路,並守護得來不易的民主。也非常歡迎對臺灣歴史有興趣的各國朋友參加!

    ・今年三月台湾の社会運動により、留学生たちも連帯を作った。3月30日、札幌、東京、京都、福岡、沖縄で留学生が海外応援集会を行った。その後、留学生たちは心で繋がっている。東京、京都、名古屋での開催後、札幌においても《Hand in Hand》映画会を開催する。また、劇中に登場する台湾の民主運動における事件について、解説を行う。一緒に歴史の道を回顧し、貴重な民主主義を守ろう。台湾歴史に興味を持っている外国人も大歓迎!

    ・映画紹介:
    保守的な1950年代に、主人公の田さんは人権派医師の田先生と駆け落ちした。その後、人生あるいは社会運動そして政治犯救援の場においても、お互いを支えっており、一生、後悔しない。

    自由さえ許さない時代で、どのような男のために彼女は駆け落ちすることを選んだのか?

    民主さえ許さない国で、どのような情熱ために彼らは命の危険を冒して、デモにいくのか?

    彼らは熱血あふれる人生は、その時代の人と人、あるいは人と土地の絆を証明している。

    ・影片簡介:
    影片主角田媽媽,在保守的1950年代,與人權醫師田朝明離家私奔。此後,無論是在人生或是社會運動、政治犯救援的道路上,他們互相扶持,無怨無悔。
    在自由不被允許的年代,是什麼樣的男人讓[女也]選擇離家出走?
    在民主不被容許的台灣,是什麼樣的愛讓他們冒死走上街頭?
    他們用生命的熱血,見證了那個年代:人與人之間的情,人與土地之間的愛。

    (facebookより転載 2014.6.17 09:00)

    『台湾の声』http://www.emaga.com/info/3407.html



    「台湾の声」【告発】呆れた!林志昇集団河村常夫が虚偽の宣伝

    【告発】呆れた!林志昇集団河村常夫が虚偽の宣伝

    台湾の声編集部 多田恵 2014.6.17 08:00

    昨年12月22日、東京の住友商事竹橋ビル10階で「台湾民政府講演会」が行われた。小名木善行氏や、門脇朝秀氏および「台湾民政府 河村常夫代表」が参加した。なお、チラシに名前が出ている「桜井よしこ」氏は、実際には出席しなかったという。

    その会で質疑応答が行われ、河村常夫(台湾人)が「台湾民政府への疑惑に答える」として、発言を行った。長々と話しているのでいちいち検討はしないが、河村は重大な虚偽を述べている。

    それは次の部分である:

    「〔動画の3分50秒のところから〕(林志昇は)アメリカ政府をアメリカ連邦裁判所に告訴する。アメリカは国務省を立てました。争った結果、〔5分5秒のところまでは「本土台湾人」の説明なので省略〕告訴した結果、国務省が第一審のところで負けました。それで連邦高等裁判所に上訴します。...また、台湾人が勝ちました。それで国務省が最高裁に上訴する権利を放棄します。そこで判決が決まったわけです。」


    実際には、一審、二審で請求が棄却され、最高裁では請求が却下された。それを勝訴したかのように伝えている。つまり、「疑惑に答え」ていたはずの河村常夫は、事実とはまったく逆の説明をして、疑惑のもみ消しに努めたのである。ここまで恥も外聞もなく、嘘を言ってのけられるとは、実に見事である。


    問題の動画:2013-12-22_台灣民政府 日本天皇祝寿団29
          http://youtu.be/8971RxY_r7U?t=3m50s


    『台湾の声』http://www.emaga.com/info/3407.html

    「台湾の声」【台湾紙報道】「台湾民政府」による証明書販売、捜査機関が違法性を調査

    【台湾紙報道】「台湾民政府」による証明書販売、捜査機関が違法性を調査
    原題:「台灣民政府」賣證 檢警調査不法」

    台湾の声編集部訳、2014.6.16 18:00配信

    聯合報 陳俊智記者/花蓮
    2014年5月21日付報道

    民間組織「台湾民政府」が、台湾統治を接収するとして各地でメンバーを募り、その入会条件は厳しく、一万台湾ドルにのぼる費用を納めなければならないのだが、それでも少なくない民衆がお金を出している。これらの行為は違法行為である可能性があり、捜査機関がすでに調査に乗り出している。

    「台湾民政府」は昨日(5月20日)、花蓮市で事務所を開設し、道路にテントを張って集会を行った。「米軍が直接占領することを歓迎する」という理解に苦しむ標語が掲げられていた。「宜蘭州副州長」の肩書きを持つ黄正全(男性)によれば、「台湾は下関条約で日本に割譲され、第二次世界大戦で日本が敗戦したために、台湾は米国の管轄下に編入されたのであって、中華民国の領土ではない」という。

    この主張は一般の民衆には受け入れられないが、それでも支持する人がいる。劉さん(女性)によれば、「最初は、私も信じなかったが、周囲の親友から何度も説明を受けて、だんだんと"入会してもいいかな"と思うようになり、その後、親友の紹介で入会し、1000台湾ドル(大卒初任給の22分の1)で台湾民政府身分証を購入した」という。

    身分証のほかに、この組織はナンバープレートも作っていて、1枚6000台湾ドルで販売している。また、2泊3日の研修で、6000台湾ドルおよび1万台湾ドルの費用を徴収している。

    黄正全によれば、「研修を修了しさえすれば、証明書が発行され、台湾民政府が台湾を接収した後、公務員になることができる」という。その将来というのはいつか?という記者の問いに対して、黄は「半年以内」と答えた。

    「台湾民政府」の昨日の集会は、道路使用および集会申請が行われていなかったが、警官は証拠収集および違法車両の検問を行っただけであった(集会を中止させることはしなかった)。

    花蓮の捜査機関では、この組織には説明内容が曖昧ではっきりしない点が多々あり、疑わしい点も少なくないと考えており、資金の流れ、および話術で物品を購買するよう誘導していないかを含めて、すでに調査を開始している。

    台湾の声註:

    「台湾民政府」こと林志昇集団(駐日代表は、2013年5月25日の同集団の公告によれば黄恵瑛、吾妻明憲。しかし、その公告によれば副主席の一人であるはずの河村常夫も2013年より「駐日代表」と称して活動している)は、最近は、各地に「郡守」という役職を作って、メンバーを就任させている。

    本誌2014年2月10日配信の「【反響】林志昇集団の悪質さ」では、読者のS氏が、次のように疑問を指摘している。"数年前より「米国から指示があり、至急に台湾の政権(統治権)を当面の中華民国から民政府に渡す」と言っているが証拠はありますか?(毎回「六ヶ月内に政権が渡される」と説明していて、今まで十回以上も延期しています) "。

    6月13日から14日にかけて、林志昇集団は「参衆議員予備会議」を開催したが、中国国民党の立法委員・羅淑蕾を講師として招いた。林志昇集団は日頃、民進党が「体制内」に入っているとして批判しているが、「体制」の核心である国民党議員を講師に招くというのは、矛盾ではないか。突っ込みどころが満載なのに、信じ込んでしまう人がいることが、嘆かわしい。

    本誌配信した「民政府」についての注意喚起:

    2013/03/21 【読者便り】さよなら「台湾民政府」
    2013/04/10 【要注意】「台湾民政府」林志昇カルト集団に注意!(長文)
    2013/04/14 【林志昇詐欺集団】警察でも警戒呼びかけ
    2013/04/18 【読者便り】台湾民政府は林志昇のカルト詐欺集団である
    2013/04/20 【NEWS】台南警察、林志昇集団のチラシを詐欺と断定
    2013/5/16 【傳田晴久の台湾通信】「台湾民政府」詐欺にご注意を 
    2013/10/4【台湾から警告】林志昇集団、狙いを日本に〔台湾の声台湾レポート 〕
    2014/2/8【 NEWS 】台湾研究フォーラムも林志昇集団について警鐘
    2014/2/9【QアンドA】「台湾はどの国の領土?」
    2014/2/10【反響】林志昇集団の悪質さ/「台湾是 [ 口那 ] 一国的領土?」
    2014/5/21【注意喚起】林志昇集団とその分派の主張の危険性
    2014/5/21 15:00 【反響】人の名前を勝手に利用する林志昇グループ

    『台湾の声』http://www.emaga.com/info/3407.html




    「台湾の声」台湾産アップルマンゴーの「 6 月下旬配達」のお申し込み締切日は 6 月 19 日 ( 木)!

    日本李登輝友の会メールマガジン「日台共栄」より転載

     ご案内の台湾産アップルマンゴーですが、今年も多くの方々からお申し込みをいただいていま
    す。中には、台湾では3玉パックという種類がないということで、台湾から日本の知人に送って欲
    しいというお申し込みをいただくなど好評です。

     ところで、6月下旬の配達を希望される方にお願いです。台湾からの入荷予定日が6月25日と26日
    と決まりましたので、お申し込みの締切日を6月19日(木)とさせていただきます。発送用伝票作
    成などの作業に時間がかかりますのでご理解のほどお願いいたします。

                     ◇  ◇  ◇

     あま〜い香りと滑らかな舌触りで、大好評の台湾産アップルマンゴーを今年もご案内します!
    今年もこれまでの2.5kgと5kgに加え、ご要望が多かった3玉パックをご用意いたしました。

     贈答用にもピッタリの、糖度13度以上でサイズのそろった特選品です。産地は6月末までのお届
    けは屏東産、台南産は7月中旬からのお届けになる予定です。

    *これまでマンゴーなどお申し込みの方にはご案内状をお送りしています。裏面の「お申し込み
     書」に必要事項をご記入いただき、FAXでお申し込みください。

    *本会ホームページでも、お申し込みについての詳細や召し上がり方などを案内し、「お申し込み
     書」もダウンロードできます。

    ◆ 日本李登輝友の会ホームページ:http://www.ritouki.jp/

    *下記のお手軽で簡単な「お申し込みフォーム」からは、ご自宅用はもちろん、お申し込み者様と
     お送り先が異なる場合でも、5件分だけお送りできます。

    ◆ 2014年・台湾アップルマンゴーお申し込みフォーム
     PC用 : https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/j1nloiu8pdbz
     携帯用 : https://mailform.mface.jp/m/frms/ritoukijapan/j1nloiu8pdbz

    -----------------------------------------------------------------------------------------

    1.商品の種類と価格

     アップルマンゴー  3玉       = 3,200円(税・送料込)
     アップルマンゴー  2.5kg(5〜7玉)  = 5,200円(税・送料込)
     アップルマンゴー  5kg (10〜14玉) = 7,800円(税・送料込)

    2.お申し込みとお支払い方法【前金制】

     1)「お申し込み書」に必要事項をご記入いただき、FAXでお申し込みください。

      日本李登輝友の会 FAX:03-3868-2101

     2)お申し込みと同時に、下記の郵便貯金口座もしくは銀行口座までご入金ください。

     ・郵便貯金口座
      記号番号 10180 95214171
      日本李登輝友の会(ニホンリトウキトモノカイ)

     ・銀行口座
      みずほ銀行 本郷支店 普通預金 口座番号 2750564
      日本李登輝友の会 事務局長 柚原正敬(ジムキョクチョウ ユハラマサタカ)

     *代金前払い制、振込手数料はご負担願います。

    3.配送について

     1)配送時期は、収穫の都合上、6月下旬、7月中旬、7月下旬を予定しています(配送は冷蔵便
       です)。

     2)ご希望の配達時期を必ずお書き添えください(配達時間をご希望の方は、時間帯もお書き添
       えください。ヤマト宅急便対応範囲内でお届けいたします)。

     3)配達時期は、入荷タイミングによってご希望に沿えないこともあります。ご了承願います。

     4)生ものですので、お届け先様が長期間不在の場合は送り主様へ転送いたしますことをご了承
       願います。

     5)今回の熨斗(のし)紙は「御中元」のみとさせていただきます。

    4.申込締切……7月22日(火)

    5.輸入・協力……池栄青果(株) 台湾物産館
              〒170-0013 東京都豊島区東池袋3-15-7

    ■日本李登輝友の会
     〒113-0033 東京都文京区本郷2-36-9 西ビル2A
     TEL:03-3868-2111 FAX:03-3868-2101
     E-mail:info@ritouki.jp
     ホームページ:http://www.ritouki.jp/
     Facebook:http://goo.gl/qQUX1

    *月〜金、10:00〜18:00 土・日・祝日は休み






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    「台湾の声」【楠木正成の統率力4】勇臆・老若に応じて人を用いる 

    【楠木正成の統率力4】勇臆・老若に応じて人を用いる  


                 家村和幸


    こんにちは。日本兵法研究会会長の家村です。

     『太平記秘伝理尽鈔』の巻第一には、
    最初に『太平記』という書物の名称の
    変遷が記されています。この書は、
    名を改めることがこれまでに四度あった
    といいます。

     最初の名は、『安危来由記』でした。
    その意味は、古今の世の安定と危機の
    移り変わりを記して、後世の戒めとする
    ということです。

     二番目の名は、『国家治乱記』でした。
    この書を読んで理解すれば、大にしては
    国の治乱を思い、小にしては御家の治乱
    を思うということから名づけられました。

     三番目の名は、『国家太平記』でした。
    国家の意味するところは、前の書名と
    同じです。太平というのは、戦乱の治まり
    つつある当代を賀し奉ろうとの願いから
    でした。

    南朝の正平(1346〜70)年間
    の筆者がこのように称しました。また、
    太平の部分は北朝の延文(1356〜61)
    年間頃に改めて号したとも云われています。

     四番目の名は、『天下太平記』でした。
    応安元(1386)年、細川武蔵入道頼之
    (北朝の政治指導者)が「この書の名は、
    南朝の治乱等の号を捨て、当代を賀し奉ろう
    というのであれば、どうして国家というのか。

    (南・北朝で)同じく天下太平こそが望ましい
    のではないか」と述べたことから、当時の
    学才の人等が『天下太平記』と名づけたのでした。

     その頃、京都の住人は、「天下太平と改名
    してからは、南朝は威を失い、天下の朝敵は
    自ずから亡びて、実に天下太平になったのだなあ」
    などと勝手に噂したのですが、これは好ましく
    ないことでした。

    天下の治乱とこの書名の善し悪しは、何ら
    関係がないのです。真実は、武蔵入道が聖賢
    の道を修得し、無欲に天下の政道を相量り、
    無私の精神に徹したがゆえに、四海が日を
    追うごとに豊かになったのでした。

     それで、いつしか『太平記』とだけ、
    呼ばれるようになったのでした。

     それでは、本題に入りましょう。


    【第4回】勇臆・老若に応じて人を用いる


    ▽ 世に三つの勇者あり

     およそ世に三つの勇者がある。一つには、
    生得の勇者、二つには、血気の勇者、
    三つには、仁義の勇者である。

     先ず、生得の勇者とは、生まれつきのもの
    であり、恐ろしい事を知らず、する事をも
    顧みない者がいる。心が健やかであるだけで、
    遠く慮ることができない。

     また、血気の勇者とは、生まれつき勝れて
    勇気があることもない。また、あながち臆病
    だということもない人である。

    そうではあっても、腹を立てて怒る時か、
    または、人に頼まれると即座に受け易く、
    また、主人に言葉をかけられなどして、
    何につけても血気に乗り、上がっている時に、
    勇気が涌いてくるならば、炎の中や深い水底
    へも入り、鬼神をも恐れず、剛をなす類で
    ある。時が過ぎれば、その勇は少しも無く、
    人を恐れる気持ちさえあるのだ。

     さらに、仁義の勇者とは、常に事を慎み、
    行いに失がないだろうかと省み、一命の重き
    ことを思量して、周りの人への礼を厚くし、
    和を施し、事の切なるに臨んでは、全てを
    受け容れて遁れず、勇敢に死する者を云う。

    (以上、「太平記秘伝理尽鈔巻第六
    楠天王寺に出張の事付隅田・高橋並宇都宮事」より)


    ▽ 正成、兵士の勇臆について語る

    (以下、終わりまで「太平記秘伝理尽鈔巻第三
     笠置軍事付陶山・小見山夜討の事」より)

     その昔、楠木正成は息子たちに次のように
    語りかけた。

     兵士たちの心中をおもんばかって、それらに
    応じて命令せよ。臆した者には、敵が必ず亡びる
    のだと説け。こちらが身命を捨てるのだという
    ことは説いてはならない。

    勇の過ぎる者には、小さな事に軽々しく命を
    捨てるのは道理に反している。あくまでも、
    義によって(命を)軽くせよ、と説け。

    勇の過ぎる者というのは、生得(生まれもって)
    の勇者とは違って、ただ死にさえすればよい
    と思っている者だからである。


    ▽ 血気の勇者と仁義の勇者

     血気の勇者ということがある。血気とは、
    向こう見ずな意気である。常日頃は勇気が無いが、
    怒ると勇気が出てきて、死を顧みない者がいる。
    また、人に褒められると俄(にわ)かに勇気が
    出てきて、炎(ほのお)の中へも入る者がいる。

     人から「頼むぞ」と云われると動じやすく、
    心変わりしやすい。また、年来の重恩を忘れて、
    当面の親しさに意を寄せる。

    そういう人間は、自分の父母には不孝であって、
    親しい人に付いて自分以外の父母に意を寄せ、
    君主の命に背いて、仲間にだけ意を寄せ、
    兄弟を離れ、他人に親しみ、重恩を捨て、
    少々の恨みにこだわり、かつての大恩を
    忘れて、今の小恩に付くのである。

    このような行跡(ふるまい)は、全て血気の勇者で
    ある。これらに対しては、常に血気ということを
    語って教え、義に付くことを奨励するようにせよ。

     また、仁義の勇者ということがある。道理を
    わきまえて実行し、国の為に命を捨てることを
    喜びとすることから仁という。義によって身命を
    捨てることから義と呼ばれるのである。

     仁義・生得・血気の三つは、どれもが兵士の中
    に存在するのである。


    ▽ 臆病者には「決死」と言うな

     これら以外に、臆病というのがあるので知って
    おけ。将軍が戦場で死すべきことについて言及した
    ならば、仁義・生得の二つの勇者であれば、
    益々勇気がわいてくるものである。しかし、
    血気の勇者は一往勇むことがあっても、時日が
    移れば勇気も消えうせるものである。

     臆している兵士は、将軍が決死の覚悟を固めた
    のを見て、死を恐れて逃げ散るものである。
    臆病な兵士が散ってしまえば、血気の者もまた
    臆病になるのである。

     この世の中には臆病が多く、血気すらまれで
    ある。生得の勇者はさらにまれであって、仁義の
    勇者などはほとんどいない。

    このため、ことが急を要するような場面に及んで、
    将軍と死をともにしようと思う者は少なく、
    一身を立てようと欲するものは多い。世の常の
    合戦では、将軍は決して死のうなどと軽々しく
    言わないものだ。


    ▽ 十死一生の合戦

     ところが、「十死一生の合戦」と言うものもある。

     例えば、兵力において味方が弱く敵が十倍の
    強さである。それだけではなく、敵に従う兵は
    日々に増えていき、味方は夜毎に劣勢になり、
    周辺の国の援助も得られない。このような状況
    であれば、合戦を急げ。

    しかも、通常のような戦い方では、勝つことは
    できない。大河を後ろにして退くことも
    ままならないようにして、討死を覚悟した上で、
    敵の堅い陣地を突破せよ。

     生きる望みは一つ、死は九つ。このことから
    十死一生というのだぞ。生きようと欲すれば死す。
    死のうと覚悟すれば生きるのだぞ。軍の大事とは
    ただこのことである。

     正成は息子たちにこのように教えたのであった。


    ▽ 笠置山を落城させた陶山・小見山の夜討ち

     『太平記』によれば、元弘元(1331)年8月、
    後醍醐天皇が笠置山に遷幸されると、六波羅探題
    は七万余騎の軍勢で笠置山を囲んでこれを攻めた。

    しかし、笠置山は、西国の軍勢が数万騎で数日間
    攻めても落ちなかった。笠置勢三千余騎は、
    足助重範らが奮戦して六波羅軍を悩ませた。

     そうしているうちに、畿内・西国に宮方に
    与しての挙兵がおこり始めた。急いでこの城を
    落とさなければ、諸国に六波羅軍の敵が多く
    出てくるのは疑いなかった。

     やがて鎌倉から東国の軍勢が援軍として
    上ってきた。しかし、東国の大将には智謀が
    無い。力攻めだけでは笠置山は落とせないだろう。

     そこで、六波羅軍の陶山と小見山は、
    9月30日夜、わずかな手勢で笠置山を襲撃した。
    陶山は手勢五十余人を率いて、笠置の城の北側
    の断崖絶壁に回りこみ、崖をよじ登って城内に
    突入した。

    兵力が足りない笠置勢は、北側の入り口付近の
    地形が険しいことを頼みとして、そこには兵士を
    置いていなかった。
    これにより、官軍側は奇襲され、笠置山は落城した。

     夜討ちの日、陶山は死装束に曼荼羅を
    書き付けて、郎従たちに十死一生の覚悟を示した
    のであった。


    ▽ 山城の守備・新田義貞と楠木正成の問答

     世の中が鎮まって後、新田義貞が楠木正成に
    対して、雑談のついでに質問した。

     「笠置の城が攻め落とされたことは、
    寄手(攻撃側の兵士)の勇が優れていたから
    ではない。陶山の智謀と勇が秀でていたからである。

    今後もこのような険阻な場所を、優れた兵を
    もって警固するのは適切ではない。楠木殿は、
    どう思われるか。」

     そこで、正成が云うには、

     「医師が病気を防ぐのに薬をもってするよう
    に為せばよいのです。山城の険しい箇所で
    あれば、敵も必ず忍びを入れるでしょう。

    なぜならば、地形の険しさを頼んで、警固の
    兵士を置かないからです。また、警固の兵も、
    険しい地形であることに安心して守るのに
    怠りがあるからです。

     ただし、私の考えるところをお尋ねに
    なられたので、簡単に申し上げたのですが、
    その意味を奥に残すようであれば、かえって
    人並みにえらぶっているように思われるでしょう
    から、さらに説明いたしましょう。


    ▽ 老兵の特性を活かして用いる

     四十歳以上の老兵を以て、険しい箇所を
    昼夜にわたり守らせるのがよいと思います。

     その理由は、人は四十歳以前は若くして
    眠りがちですが、四十歳以後は眠ることが
    少ない。険しい地形であれば、敵も必ず、
    夜討ちや忍びを考えるでありましょう。

    白昼に攻めるようなことはしないものです。
    このような場合の守備は、眠らないことに
    勝るものはありません。

     また、老兵は積んできた経験も豊富です。
    さらに、老兵はあらゆることによく心がける
    ものでもあります。

     したがって、険しい地形であっても敵が
    攻めよせて来るかもしれない場所には、
    四十歳以下の若者たちに少々の老兵をそれぞれ
    加えて編成するのです。

    老いて武功も無く、若い時には強弓と云われた者
    でも、四十歳以降は次第に弱くなるものです。
    かけ引き・歩行・力業(ちからわざ)、これらは皆、
    二十四、五から三十七、八までを盛りとするもの
    です。

     このような分別なく、兵を配置されるよう
    であれば、闇将でしかありません」とのことで
    あった。

     義貞は深く心を打たれたのであった。


    (「勇臆・老若に応じて人を用いる」終り)


    (以下次号)


    (いえむら・かずゆき)

    いただく声が、次回の連載を書くエネルギーになっています。
    あなたのご意見・ご感想を、ぜひ聞きたいです。
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    ● 著者略歴

    家村和幸 (いえむら かずゆき)
    1961年神奈川県生まれ。元陸上自衛官(二等陸佐)。
    昭和36年神奈川県生まれ。聖光学院高等学校卒業後、
    昭和55年、二等陸士で入隊、第10普通科連隊にて陸士長
    まで小銃手として奉職。昭和57年、防衛大学校に入学、
    国際関係論を専攻。卒業後は第72戦車連隊にて戦車小隊長、
    情報幹部、運用訓練幹部を拝命。
    その後、指揮幕僚課程、中部方面総監部兵站幕僚、
    戦車中隊長、陸上幕僚監部留学担当幕僚、第6偵察隊長、
    幹部学校選抜試験班長、同校戦術教官、研究本部教育
    訓練担当研究員を歴任し、平成22年10月退官。

    現在、日本兵法研究会会長。

    http://heiho-ken.sakura.ne.jp/


    著書に

    『真実の日本戦史』
    ⇒ http://tinyurl.com/3mlvdje

    『名将に学ぶ 世界の戦術』
    ⇒ http://tinyurl.com/3fvjmab

    『真実の「日本戦史」戦国武将編』
    ⇒ http://tinyurl.com/27nvd65

    『闘戦経(とうせんきょう)─武士道精神の原点を読み解く─』
    ⇒ http://tinyurl.com/6s4cgvv

    『兵法の天才 楠木正成を読む (河陽兵庫之記・現代語訳) 』
    ⇒ http://okigunnji.com/1tan/lc/iemurananko.html

    がある。


    【過去の連載】いまでもメルマガで読めます。

    ●本土決戦準備の真実ー日本陸軍はなぜ水際撃滅に帰結したのか(全25回)
    http://okigunnji.com/1tan/lc/iemurahondo.html

    ●戦う日本人の兵法 闘戦経(全12回)
    http://okigunnji.com/1tan/lc/tosenmm.html



    《日本兵法研究会主催イベントのご案内》


    【第16回 家村中佐の兵法講座 −楠流兵法と武士道精神−】

     演題『太平記秘伝理尽鈔』を読む(その5:京都奪還作戦)

     日時 平成26年6月21日(土)13時00分〜15時30分(開場12時30分)

     場所 靖国会館 2階 田安の間

     参加費 一般 1,000円  会員 500円  高校生以下 無料


    【第19回 軍事評論家・佐藤守の国防講座】

     演題 現代戦の要!航空作戦を語る 〜私の戦闘機操縦体験から〜

     日時 平成26年7月26日(土)13時00分〜15時30分(開場12時30分)

     場所 靖国会館 2階 偕行の間

     参加費 一般 1,000円  会員 500円  高校生以下 無料


     お申込:MAIL info@heiho-ken.sakura.ne.jp
         FAX 03-3389-6278
         件名「国防講座」又は「兵法講座」にて、ご連絡ください。


    いただく声が、次回の連載を書くエネルギーになっています。
    あなたのご意見・ご感想を、ぜひ聞きたいです。
    このURLからお届けください。



    http://okigunnji.com/1tan/lc/toiawase.html

    「台湾の声」【6月17日】西村眞悟「日本再興論〜甦れ日本精神〜」

    【6月17日】西村眞悟「日本再興論〜甦れ日本精神〜」


    6月17日(火)6時より憲政記念館にて、呉竹会フォーラムが開催され、西村眞悟先生が、掲記のテーマで講演されます。加瀬英明「史実を世界に発信する会」代表も挨拶をすることになっております。呉竹会からの案内は下記の通です。皆様のご参加をおすすめする次第です。

             「史実を世界に発信する会」茂木弘道
     


    弊会フォーラムの御案内で御座います。

    今回は、憂国の政治家である西村眞悟先生をお招きし、今後の日本をどのように牽引するおつもりであるか伺ってみたい、そのよう思いで企画を致しました。
    さらには、昨今話題となっております日本維新の会石原派への合流に関しまして、是非ともお話を頂戴したいところでございます。

    当日は、西村眞悟後援会会長代行であり、呉竹会顧問でもあります外交評論家の加瀬英明氏にも御挨拶を頂戴することも決定致しました。
    是非とも多くの皆様にご参集いただきたく、お知り合いの方をお誘い合わせの上ご参加願いたく存じます。

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

    講師:西村眞悟(衆議院議員)
    演題:「日本再興論〜甦れ日本精神〜」
    日時:6月17日(火) 開場17時30分 講演開始18時00分
    会場:憲政記念館(東京都千代田区永田町1-1-1)
       半蔵門線/有楽町線/南北線 永田町駅2番出口より徒歩5分
    会費:大人2,000円/学生無料
    参加申込ページ:http://j.mp/asia_41



    『台湾の声』http://www.emaga.com/info/3407.html

    「台湾の声」【6月29日】【台中市長候補】林佳龍台湾立法委員来日講演会【通訳あり】【学生無料】

    「台湾の声」【6月29日】【台中市長候補】林佳龍台湾立法委員来日講演会【通訳あり】【学生無料】

     先頃の向日葵学生運動によって再び世界の自由、民主国家が台湾政治の行方を注目しつつありますが、1990年代に野百合学生運動に参加し、その後李登輝総統時代に国家安全会議委員を務め、陳水扁総統時代には行政院新聞局長に就任された林佳龍立法委員の講演会を、このほど都内で開催することとなりました。

     年末の地方選挙では民進党の台中市長候補として出馬の予定でもある林氏は、政治家ホープの一人として大きな期待を浴びているところです。当日は地域政治の問題から台日関係に関わる話まで聞くことができると思います。

    つきましては台湾に関心ある方々には是非ともご参加いただけますようご案内申し上げます。



    【日時】2014年6月29日(日)

    【会場】京王プラザホテル 4階 花A

        (東京都新宿区西新宿2−2−1 TEL 03−3344−0111 )

        JR新宿駅西口より徒歩約5分/都営大江戸線都庁前駅B1出口すぐ

    【演題】サブリージョナル協力と都市外交—台日関係発展の前景を語る
    【講師】林佳龍氏(台湾国会議員)※日本語通訳有

    ■第一部:講演会
    受付15:00、講演会16:00〜18:30

    ■第二部:懇親会
    【会場】 43階スターライト  18:30〜20:30
    【参加費】講演会のみ:¥1,000(但し学生無料)/講演会&懇親会:¥10,000
    【主催団体】在日台湾同郷会、在日台湾婦人会、日本台湾医師連合
    【共催団体】台湾独立建国聯盟日本本部、日本台医人協会、日本李登輝友の会


    【申込み】TEL 0424−22−4604(張信恵) Fax:03−5974−1795   

    Eメール:tehaino@nifty.com (6月25日までにお願い申し上げます)

    ———————————————————————————————————

    6月29日「林佳龍台湾立法委員来日講演会」申込書

    ご氏名              

    Tel               Fax

    □講演会のみ □講演会&懇親会

    ———————————————————————————————————


    『台湾の声』http://www.emaga.com/info/3407.html

    2014.6.13 20:05





    「台湾の声」【サービス貿易協議】議事日程決まる

    「台湾の声」【サービス貿易協議】議事日程決まる

    台湾の声 2014.6.13 20:00

    立法院では、本日は、臨時会の議事日程を決めた。6月30日から7月4日の週に、「自由経済示範区特別法」、(政府提案版の)「両岸協議監督法」、「サービス貿易協定」の議事が予定された。黒色島国青年陣線などでは、警戒を呼びかけている。

    なお、現在、台湾の学校では期末試験が行われており、学生の中からは、馬英九が、わざと、学生が出てきにくいこの時期を選んだのではないかと訝る声もある。

    「2014.6.13 0:22」配信の速報では、本日、強行通過が行われるようにお伝えしましたが、これは誤りでした。訂正させていただきます。


    『台湾の声』http://www.emaga.com/info/3407.html




    「台湾の声」【ニュース】民進党の台北市長候補選考進む

    【ニュース】民進党の台北市長候補選考進む

    台湾の声ニュース 2014.6.13 16:33

    民進党は党の台北市長公認候補の選考に際し、第一段階として、まず党籍を持つ志願者の中から、姚文智氏を選出していた。第二段階では、姚氏と党籍を持たない柯文哲氏の二人から選考を進めている。本日、グリーン陣営台北市長協調チーム召集人の高志鵬・立法委員(民進党)が明らかにしたところでは、世論調査の結果、姚氏および柯氏両方が国民党の台北市長公認候補である連勝文氏よりも支持を得ており、柯氏の支持が高いことが判明したという。この結果が、来週水曜日の党中央執行委員会に送られて最終的な決定がなされる。

    『台湾の声』http://www.emaga.com/info/3407.html



    「台湾の声」【必読】李登輝元総統の新著『李登輝より日本へ 贈る言葉』

    【必読】李登輝元総統の新著『李登輝より日本へ 贈る言葉』


    日本李登輝友の会メールマガジン「日台共栄」より転載


    6月11日、李登輝元総統の新著『李登輝より日本へ 贈る言葉』が発売!

     李登輝元総統が新著『李登輝より日本へ 贈る言葉』を上梓され、6月11日、全国の書店で発売とな
    る。版元は月刊「WEDGH」を発行するウェッジ。A5判という通常より大きいサイズ(月刊
    「文藝春秋」などと同じ大きさ)で、ハードカバー。本文272ページ。

     まずカバー表紙に目を魅かれる。表紙のタイトル文字はいまどき珍しい金箔押し。この金箔押し
    の文字と帯の色、表紙の色がマッチして深みを出し、品格を感じさせる。本文の組み方も、通常よ
    りゆったり組んでいるので読みやすい。本文紙の手触りもふんわりとして上品だ。

     ほぼこれだけで、本のクオリティが分かる。ウェッジ編集部の意気込みと気配りが隅々まで届い
    ていることが一目瞭然で、心地よい緊張感がみなぎっている。

     本書の内容は、これまでのいわゆる李登輝本の集大成と言ってよい。15年前の6月に出版された
    『台湾の主張』(PHP研究所、1999年)に匹敵するインパクトがある。『台湾の主張』を出発点
    とするなら、本書は帰結点を為すのではないだろうか。

     ただし、李登輝元総統は昨年から、台湾の民主主義をさらに深化させるため、地方自治の健全化
    を実現しようと「台湾第二の民主化」を全身全霊で進められている。現在はその途次にある。

     その点で、残りの人生を捧げると宣言されたこの「第二の民主化」が達成されたときが終結点と
    も言え、本書はこれまでの総括という意義を有している。

     下記に、本書の目次とともに、いささか長い「はじめに」の全文をご紹介するが、本書の内容が
    この一文に凝縮されている感がある。まさに字義どおり「日本人必見」の本だ。

    *本書は本会でも取扱う予定で、近々ご案内します。

    ・著 者 李登輝
    ・書 名 『李登輝より日本へ 贈る言葉』
    ・体 裁 A5判、上製、272ページ
    ・定 価 本体2,400円+税
    ・版 元 (株)ウェッジ
    ・発 売 平成26(2014)年6月11日

    ◆『李登輝より日本へ 贈る言葉』
      http://wedge.ismedia.jp/articles/-/3591

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    はじめに

    第1章 再生する日本
       日本が明るくなった
       安倍総理によって攻勢に転じた日本外交
       アベノミクスと「失われた二十年」
       日銀改革に期待
       「原発ゼロ」の非現実性
       夢の「核融合」発電
       トリウム小型原発の可能性
       安倍新政権の使命の重大さ
       安倍総理へのエール

    第2章 李登輝の台湾革命
       自我に苦しんだ少年時代
       小我をなくして大我につく
       マルクス主義への傾倒
       二・二八事件「犬が去って、豚が来た」
       台湾の歴史の暗黒時代
       蒋介石による排日教育世代
       国民党に入党
       蒋経国学校
       台北市長・台湾省主席をへて副総統に
       「私ではない私」
       軍を掌握する
       国民党との闘い
       司馬遼太郎と私
       台湾人のアイデンティティ
       「歓喜の合唱」
       台湾の改革、いまだ終わらず
       台湾における「中華思想」の復活

    第3章 中国の歴史と「二つの中国」
       「中国五千年」
       新儒教主義
       なぜ「支那」がいけないのか
       中国人には「現世」と「私」しかない
       「天下は公のために」
       台湾モデル
       「一国二制度」はあり得ない
       台湾は「生まれ変わった」
       特殊な国と国との関係
       「台湾中華民国」

    第4章 尖閣と日台中
       台湾にとっての「尖閣」
       中国が狙う両岸の「共同反日」
       「千島湖事件」と「台湾海峡ミサイル危機」
       安倍総理の断固とした態度
       中国の独善的な論法
       韓国人と台湾人
       「日本精神(リップンチェンシン)」と「謝謝台湾」

    第5章 指導者の条件
       人命より体裁を優先した民主党政府
       緊急時の軍隊の役割
       リーダーは現場を見よ
       指導者は「知らない」と言ってはならない
       「生きるために」——日本の大学生からの手紙
       孤独を支える信仰
       「公義」に殉ずる
       「公」と「私」を明確に区別する
       カリスマの危うさ
       劉銘伝と後藤新平
       台湾で最も愛された日本人
       権力にとらわれないリーダーシップ
       福澤諭吉の問題提起
       「伝統」と「文化」の重み
       エリート教育の必要性
       「知識」と「能力」を超えるもの

    第6章 「武士道」と「奥の細道」
       オバマ大統領の最敬礼
       『学問のすゝめ』
       儒学の思弁より実証的学問
       東西文明の融合
       「武士道」の高い精神性
       日本文化の情緒と形
       「奥の細道」をたどる
       靖國神社参拝批判は筋違い
       変わらぬ日本人の美学
       一青年からの手紙にみた日本人の精神文化

    第7章 これからの世界と日本
       「Gゼロの世界」
       平成維新のための「船中八策」
       若者に自信と誇りを

    おわりに

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    2>> 李登輝元総統新著『李登輝より日本へ 贈る言葉』の「はじめに」全文

     台湾がまもなく旧正月を迎えようという今年一月末、テレビでは「台湾新幹線の乗務員が日本の
    新幹線で接客研修」というニュースを報じていました。聞けば、昨年十二月には日本の新幹線の乗
    務員が台湾で研修を行っており、日台交流研修の一環だということでした。

     日本と台湾の密接な関係を象徴するものは数多くありますが、台湾新幹線はその代表的なものの
    一つと言えるでしょう。

     日本で研修を受けた台湾新幹線の乗務員は「日本の接客は非常に丁寧。私たちももっと練習して
    『おもてなし』の心を学んでいきたい」と感想を述べていましたが、私はこんな形の日台交流もあ
    るのかと唸うならされました。

     昨年夏に東京オリンピック開催が決定してから、日本の雑誌や新聞で「おもてなし」という言葉
    を目にすることが多くなりました。私も二〇〇五年末、正月を日本で過ごすために家族とともに名
    古屋や関西を訪れましたが、そのときに乗車した新幹線のサービスの素晴らしさにほとほと感心し
    たのを覚えています。

     新幹線の乗務員は、車内に出入りするたびに丁寧におじぎをし、乗客に細やかな気配りをしてい
    ました。通路や座席にはチリひとつ落ちておらず、トイレは常に清潔に保たれている。電光掲示板
    には目的地の天候や気温が乗客へのサービスの一環として表示され、私たちを乗せた新幹線は到着
    予定時刻ちょうどにホームへとすべり込んだのです。

     私が日頃から常々評価する日本精神を形作っている誠実さや真面目さ、思いやり、滅私の心、時
    間厳守といったものが体現されたのが日本のサービスであり、結実したものが「おもてなし」の心
    と言えるのではないでしょうか。

     私は、日本人が持つこの精神が改めて素晴らしいものであると強く確信すると同時に、いまでも
    日本の社会でその精神が失われずにいることを目にして感激したのです。

     こうしたサービスの分野で台湾が日本に学ぶことはまだまだ多くあります。新幹線を通じた日台
    交流が台湾のサービス向上に役立つことを期待しています。

     前置きが長くなりましたが、日本と台湾の結びつきはかくも強く、台湾には昔の日本がいまも息
    づいていると同時に、日々刻々と変わる国際情勢のなかにあっても、日台の絆が未来へ向けてます
    ます強くなっていくという思いを禁じ得ません。

     私は今年一月で九十一歳を迎えました。一昨年の十一月に受けた大腸癌手術に続き、昨年七月
    には首の動脈にステントを入れました。いよいよ自分に残された時間を意識しなければならなく
    なったと感じる次第です。

     この本には、純粋な日本教育を二十二歳まで受けて育った元日本人ともいうべき李登輝の精神世
    界をひも解くと同時に、私という人間がいかにして形成されたのか、日本精神や武士道といった日
    本が世界に誇るべき素晴らしい財産に対する評価、我が祖国台湾の現状と未来、長らく「片思い」
    が続いた日台関係、国家の行く末を左右する指導者の条件や修練など、日頃から考えていることの
    集大成と言えるものを盛り込んだつもりです。

     夜ベッドに入っても、朝目覚めても、頭をよぎるのは、これから台湾がどうなっていくのかとい
    う思いです。と同時に、日本のこともそれ以上に気懸かりでなりません。幸いにして、一昨年十二
    月に再登板した安倍晋三総理によって、日本が長らく迷い込んでいた暗いトンネルに一筋の光明が
    差し込んだようにも思います。

     日本と台湾は運命共同体です。日本が息を吹き返せば、必ずや台湾もそれに引っ張られて明るく
    なるのです。中国の台頭が言われて久しいですが、アジアのリーダーとして相応しいのは日本をお
    いて他にないと私は断言します。日本経済の再生は、中国が持つ市場の大きさや経済に目を奪われ
    がちな台湾の人々の関心を日本へ向けさせる絶好の機会とも言えると思います。

     本書は、日本の復活を心から期待する李登輝から日本人へ贈るメッセージです。

     本書の原稿も最終チェックの段階に入った頃、台湾と中国の「サービス貿易協定」発効に反対す
    る学生たちが立法院に突入し占拠したというニュースが飛び込んできました。この付記を執筆して
    いる時点で占拠は二週間あまりとなっており、どのような結末を迎えるか予断を許しませんが、私
    の思うことを述べておきたいと思います。

     思えば二十四年前のちょうどいまと同じ季節、いくら南国台湾とはいえ三月の朝夕は時折ひどく
    冷え込むこの時期に、やはり台湾大学を中心とする学生たちが台北市内の中正紀念堂で座り込みや
    ハンストを行っていました。

     ことの発端は、何十年も改選されない国民大会代表が、その退職に際し、高額の退職金や年金な
    どを要求していたことに対する抗議でした。この座り込みが報道されるや、中正紀念堂には学生や
    支持者が続々と集まり始め、最終的には六千人を超える規模になったと記憶しています。

     その三年前の一九八七年には戒厳令が解除されていたものの、未だ国民大会には「万年議員」が
    居座って禄を食み続けていましたが、その根拠となっていたのが、台湾と中国大陸は未だに内戦状
    態にあるとして憲法の機能を制限し、国家総動員のために設けられた「動員戡乱時期臨時条款」で
    した。

     学生たちは万年国会の解散に加え、動員戡乱時期臨時条款の撤廃、民間からも識者を集めた国是
    会議の開催、民主化のタイムテーブルの提示という四大要求を掲げ、政府、つまり総統の任にあっ
    た私に突きつけたのです。

     私はと言えば、当時確かに総統の任にありました。とはいえ、それは一九八八年一月に蒋経国総
    統が急逝し、憲法の定めにしたがって副総統だった私が昇格したにすぎず、私のことを「ロボット
    総統」と見る向きも多かったのです。

     さもありなん、国民党内で派閥もなければ後ろ盾となる元老もいない、軍も情報機関も掌握して
    いないのだからそう見られたのも当然でした。

     総統就任後、私は時をおかずに?経国路線を継承することを表明しました。蒋経国総統の急逝に
    よる党内の動揺を抑え、台湾社会を安定させることが何よりも先決すべき問題だったのです。

     台湾の民主化を推し進めるためには、名実ともに国民大会代表による支持を受け、選挙によって
    選ばれた総統にならなければなりません。そこで私は、代理総統の任期が切れる一九九〇年春を視
    野に、李元簇副総統候補とともに支持を取り付けるべく、一瞬も気の抜けない選挙戦を戦っていま
    した。

     二月、党の臨時中央執行委員全体会議でわれわれが正副総統候補として指名されたものの、翌月
    の国民大会で正式決定される前にひっくり返そうとする非主流派勢力によるクーデター工作が白熱
    しており、日々予断を許さない状態にありました。

     そして折も折、学生たちによる座り込みが始まったのは、国民大会での総統候補指名を翌日に控
    えた三月十六日のことだったのです。

     というのも、それに前後する三月十三日、国民大会は台北市郊外にある陽明山中腹の中山楼で代
    表大会を開催し、「動員戡乱時期臨時条款修正案(延長案)」を満場一致で可決したのです。一九
    四八年の発布以来、時限立法的性格を有する臨時条款の期限延長を毎年自分たちの手で行うという
    悪例がまかり通っていたのです。

     しかし、民主化への胎動が聞こえ始めたこの年、高待遇の特権を手放そうとしない国民大会代表
    に抗議する学生たちが中正紀念堂で座り込みを始め、人民の怒りを表明したのも当然の帰結でした。

     学生たちの声は燎原の火のごとく広がり、民主化を望む声は時間が経つごとに大きくなっていき
    ました。そこで私は学生たちが座り込みを始めた翌日には、テレビを通じて、人民に対し冷静に理
    性を持って行動するようにと呼びかけると同時に、政府側も民主改革を加速させることを再度表明
    して、その要求に応えようとしたのです。

     日増しに大きくなる人民の声に押されるように、私は十九日に「一カ月以内に国是会議を開催す
    る」と表明しました。翌二十日には立法院で与野党が協議し、国是会議開催に加え、「動員戡乱時
    期の終結」や「民主化のタイムテーブルの提示」を総統に提言することが決まったのです。

     実際、学生たちの要求が、私自身が推し進めたいことと完全に一致していたのは間違いありませ
    ん。二十一日、学生運動によって政局はやや混乱していたものの、国民大会の支持を取り付け、選
    挙を勝ち抜いて総統の座に就いた私は、早速学生代表を総統府へ呼び、彼らの声に直に耳を傾けた
    のでした。

     実を言うと、学生たちが座り込みをしている中正紀念堂へ私のほうから赴きたかったのですが、
    国家安全局から「万全の警備ができず、不測の事態が起きかねない」として強く反対されたので
    す。そのため、夜中に車両で中正紀念堂の周囲を一周して学生たちの様子を見て回ったこともあり
    ました。

     私が会った学生代表は、記録によると五十三人となっています。彼らも混乱していたのでしょう
    か。日中に秘書長を派遣して「代表者は総統府へ来るように」と伝えてあったのですが、彼らが来
    たのは夜八時を過ぎていたと記憶しています。

     私は「皆さんの要求はよくわかりました。だから中正紀念堂に集まった学生たちを早く学校に戻
    らせ、授業が受けられるようにしなさい。外は寒いから早く家に帰って食事をしなさい」と彼らを
    諭したことを覚えています。

     彼らは中正紀念堂へ戻り、協議のすえ翌日早朝には撤退することを発表しました。それを聞いて
    私も心底ホッとしました。私の心のなかに民主化を推し進める意欲があったことはもちろんです
    が、寒さに震えながら座り込みを続ける学生たちの姿を見ていられず、一日も早くキャンパスや家
    族のもとへ帰してやりたいと思っていたからです。

     今年三月十八日、学生による立法院占拠に端を発した「太陽花(ひまわり)学生運動」ですが、
    二週間あまり経った現在でも馬英九総統は学生たちの声に耳を傾けようとせず、「サービス貿易協
    定がこのまま発効しなければ台湾の信用問題にかかわる。学生たちの立法院占拠というやり方は違
    法」などと、本質的な問題から目をそらし、「協定発効ありき」の姿勢を崩していません。

     ここで私は強く言いたい。

     立法院を占拠した学生たちには、学生たちなりの意見があります。彼らだって国のためを思って
    行動しているのです。あの場にいる彼らだって国のためを思って行動しているのです。あの場にい
    る学生たちのなかに個人の利益のために座り込んでいる者など一人としていません。彼らに何の罪
    があるというのでしょうか。馬総統は一刻も早く彼らの話を聞き、少しでも早く学校や家に帰す努
    力をするべきです。

     本文でも述べていますが、指導者たる者、常に頭のなかで「国家」と「国民」を意識していなけ
    ればなりません。指導者は人民の声にできるかぎり耳を傾け、その苦しみを理解すると同時に、誠
    意を持って彼らの要求に具体的に応え、解決の道を探るべきだと私は信じています。馬総統は
    「党」や「中国」のことしか考えていないようにも思え、同じ総統の立場にあった者として残念で
    ならないのです。

     とはいえ、この十数日の間、学生たちが台湾に対して見せた情熱や理想の追求は明るい希望をも
    たらしてくれました。そして三月三十日には、総統府前でサービス貿易協定の密室協議に反対する
    デモを行い、台湾の歴史上例をみない五十万人(主催者発表)という人々が総統府前広場を埋めた
    のです。

     実はこの日、私も参加したいと思っていたのですが、二人の娘と孫娘に「まだ風邪が完全に治っ
    てないでしょう。そのかわり私たちが行くから」と諭される始末でした。

     帰宅した孫娘が興奮気味に「本当にたくさんの人が集まっていて身動きもとれなかった。あんな
    にもたくさんの台湾人が立ち上がったのよ」と報告してくれるのを聞きながら、私は学生たちに対
    して感謝の念さえ持ち始めていました。なぜなら、民主主義というものは、単に投票の権利を手に
    することではなく、人民自ら政治へ参加すると同時に、政府を監督することによって初めて実現さ
    れるということを広く知らしめてくれたからです。

     ともあれ、この学生運動はすでに台湾の民主主義の将来と発展に多大なる影響を与えたものと私
    は確信しています。人民こそが国家の主人であり、台湾の未来は台湾人によって決せられるものだ
    ということを学生や人民たちが実践躬行で示したのです。指導者たる馬総統は問題を正視し、台湾
    の発展のため積極的に解決する努力をするべきです。

     この学生運動がどのような結末を迎えるか心配は続きますが、その一方で台湾の民主主義の発展
    を全世界に披露する契機ともなったことは間違いありません。そのことを一人の台湾人として何よ
    りうれしく、そして誇りに思うのです。


    『台湾の声』http://www.emaga.com/info/3407.html

    「台湾の声」6月21日「台湾ライチ種飛ばし大会」(埼玉県坂戸市)

    6月21日「台湾ライチ種飛ばし大会」

    台湾の声 2014.6.12 10:00

    6月21日(土曜日)、一般社団法人台湾を愛する会(東京都渋谷区)が、埼玉県坂戸市の台湾式の廟「聖天宮」で「台湾ライチ種飛ばし大会」を行う。参加費は、一般1200円(弁当付だと1700円)。申込・詳細は、同会のホームページを参照されたい。

    「台湾ライチ種飛ばし大会」
    http://taiwanlover.org/%E3%81%8A%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%9B/%E5%8F%B0%E6%B9%BE%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%81%E7%A8%AE%E9%A3%9B%E3%81%B0%E3%81%97%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E7%94%B3%E8%BE%BC/


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    「台湾の声」【世界に発信を】『南京戦はあったが「南京虐殺」はなかった』

    【世界に発信を】『南京戦はあったが「南京虐殺」はなかった』「南京の真実」国民運動編


     平成24年2月、河村たかし名古屋市長は、姉妹都市である南京市との交流の中で、日中間に刺さったトゲともいうべき歴史認識に言及し、南京で日中間の戦闘はあったがいわゆる「南京事件」なるものはなかったのではないかと思うとの私見を述べ、この問題について討論したいと呼び掛けました。

     ところが、南京市は名古屋との姉妹都市交流を中断するとし、中国共産党は「必ず代償を払うことになる」(人民日報)と報復措置を示唆しました。

     しかし、南京虐殺がなかったことは「日本『南京』学会」を中心とした過去十数年間の実証研究によって明らかになってきたことです。まして河村市長の発言は私見を押し付けたわけではなく、相互の討論を呼びかけたものです。それを封殺することは、自由な歴史研究と言論の自由を奪うことに他なりません。

     河村発言を支持する「南京の真実国民運動」が、「新しい歴史教科書をつくる会」を中心に同憂の団体が結集して結成されました。(代表:渡部昇一)「国民運動」は集会のほか、意見広告(2回)、署名運動、研究集会、パネル展など精力的に展開しました。12月13日(南京陥落75周年)には、憲政記念館で大集会を開催しました。

     パネル展のために、最新の南京事件研究の成果をまとめたパネル44点を作成しましたが、これを骨子に論文を加えた冊子が『南京戦はあったが「南京虐殺」はなかった』です。

     http://hassin.org/01/wp-content/uploads/Nanking2.pdf

     その英文版がこのほど完成し、 http://www.sdh-fact.com/CL02_1/112_S4.pdf

    下記の通り海外向けに紹介されました。(すでに、駐日大使館、公使館には送付されています。) 1部1000円で販売もしております。日本語版と合わせてご活用いただければと思います。
       
                「史実を世界に発信する会」 茂木弘道

    There was a Battle of Nanking but There was no "Nanking Massacre"
    by Campaign for the Truth of Nanking

    In February, 2012, Nagoya city Mayor Kawamura Takashi stated that he personally believes that there was a battle fought between Japan and China but the so called "Nanking Incident" never took place, referring to the historical view, which is regarded as a thorn that prevents a normal relationship between the two countries, during a friendship exchange with visiting Chinese Communist Party leaders from the City of Nanking, the sister city of Nagoya. Mayor Kawamura also expressed his sincere hope for having mutual discussion over this issue.

    However, the City of Nanking responded to Mayor Kawamura's suggestion by announcing the discontinuation of the sister-city exchange program with Nagoya. Furthermore, the Chinese Communist Party hinted at taking retaliatory measures, saying that "Japan is sure to pay for it" in The People's Daily.

    In order to support Mayor Kawamura's statement, a body called "People's Campaign for the Truth of Nanking" was established by those who share the same concern as Mayor Kawamura. It developed strong campaigns including paid advertisement in news papers, public lectures, panel exhibitions, circulating bills. It also made a thorough study on the Nanking Incident collecting up-to-date research results and compiled them into a book titled There was a Battle of Nanking but there was no "Nanking Massacre".

    We are convinced if you read through the book you will realize that the so called "Nanking Massacre" is only a matter of propaganda, not a matter of fact. If you have any questions, please don't hesitate to contact us.

    Summary:  http://www.sdh-fact.com/CL02_1/112_S2.pdf

    Full text:  http://www.sdh-fact.com/CL02_1/112_S4.pdf
     
    *This is printed in book. (ISBN978-4-916079-15-2 C0022 \1000E)

    If you send us your name and address, we are happy to send a copy free of charge.

    Sincerely,

    MOTEKI Hiromichi, Secretary General
    for KASE Hideaki, Chairman
    Society for the Dissemination of Historical Fact
    Phone: 03-3519-4366
    Fax: 03-3519-4367
    Email moteki@sdh-fact.com
    URL http://www.sdh-fact.com

    Note: Japanese names are rendered surname first in accordance with Japanese custom.






    『台湾の声』http://www.emaga.com/info/3407.html

    「台湾の声」【親日・台湾はいま】「怖いのは中国の以経促統」 若者は文化通じ、日本に親近感 

    【親日・台湾はいま】「怖いのは中国の以経促統」 若者は文化通じ、日本に親近感 
    (交換留学生・許氏インタビュー)

    2014.6.6 産経新聞

     台湾に住む2300万人の中でも、特に30歳以下の若い世代は「親日」の傾向が強い。幼い頃からアニメや音楽などの文化を通じて、日本に親しんでいるからだ。馬英九総統が進める中国との「サービス貿易協定」に反対し、3週間にわたって立法院(国会に相当)を占拠したのも、こうした若い世代だった。交換留学生として九州大で学ぶ台湾大の許彩誠氏(23)=福岡市在住=は、台湾に一時帰郷し、運動に参加した。親日家であり知日家でもある許氏は「中国は経済交流を通じて台湾を絡め取ろうとしている。台湾にとって、日本との経済関係強化が重要だ」と指摘した。(大森貴弘)

     馬英九総統の中国への傾倒が目立つ中で、日本の人々や政府には、台湾とのさらなる交流拡大を望んでいます。

     私は高校時代に日本のアニメ「攻殻機動隊」を見て、ストーリーの奥深さにひかれ、日本に関心を持ちました。そして台湾大学の日本語文学科に進学したのです。

     私だけでなく、学生の間で日本への関心はとても高い。テレビでは毎日のように、日本のアニメやドラマ、Jポップと呼ばれる音楽を放送していますから、興味を持つのが当たり前ともいえますが…。台湾の若者にとって、日本文化は生活の一部と言えるかもしれません。

     でも、文化だけでは不十分です。

     もっと経済的な関係も深めてほしい。台湾はWTO(世界貿易機関)に加盟していますから、この枠組みで、日台間に自由貿易協定(FTA)のような、何らかの協定を結んでもらいたいです。

     なぜ、私たち台湾人がこのように考えるのか-。背景には、中国が進める「以経促統」という政策があります。「経済を以て統一を促す」という意味です。経済交流を拡大し、台湾の中国市場依存度を高め、台湾を絡め取る戦略といってもよいでしょう。

     中国は過去、軍事・政治の面から台湾に干渉しようとして、失敗しました。だから経済と文化を手始めに、台湾を侵食しようとしているのです。

     ところが馬総統は2008年の就任以来、「中国から世界へ」というスローガンを唱えています。中国との問題を解決し、その後に世界に打ってでる-という考えです。

     でも、これは明らかに間違っています。だって、中国が台湾の取り組みを妨害しないなんて信じられますか?

     中国を特別視せず、まずは世界の他の国と健全な経済協定を結ぶ方が安全です。中国との問題はその後解決する。むしろ「世界から中国へ」という方が現実的だと思います。

    × × ×

     2012年に中国で反日デモが多発した後、日本企業の投資は中国を避け、台湾や東南アジアに向かいました。この動きは拡大する可能性があります。

     中国の船は南シナ海でベトナム船への体当たりを繰り返し、こうした横暴は世界に認知されました。4日に始まった先進7カ国(G7)首脳会議(サミット)でも、こうした動きを牽制(けんせい)する宣言が出たのです。

     今後、経済連携の相手として、世界の目が、中国ではなく台湾へと注がれるかもしれません。日本にはぜひ、その先駆けになってもらいたいですね。

    × × ×

     ところが、当の台湾は中国への傾倒を突き進んでいます。

     馬総統にとって大事なのは域内総生産の数字と大企業がもうかるかどうかだけ…。中国とのサービス貿易協定を重視するのは、これまでの制限を外して、企業が中国に進出しやすくしたいからです。

     でも、本当に私たちの生活は良くなるのでしょうか。今、大学新卒者の給料は伸び悩んでおり、若者は親の支援がなければ家も買えないありさまです。今回の学生運動は中国への不安と、馬政権への不信が背景にあります。

     勘違いしてほしくないのですが、私たちが反対するのは国際貿易の拡大ではありません。問題は、相手が中国であることなのです。

     台湾に領土的な野心を持つ中国相手の協定だからこそ、特別慎重になるのが普通ですよね。

     しかし、馬総統は過程を公開せずに門戸開放を決めようとしています。

     台湾はすでにシンガポールやニュージーランドとFTAを結びました。こうした国との協定はまったく問題ありません。手続きも法律で定められています。でも、中国との協定は、馬総統の、そして中国のやりたい放題になる危険性があります。私たちは、中国と結ぶ協定をしっかり監視できるよう条例の改善を求めていきます。

    × × ×

     今回の学生運動は、「台湾人」としての自覚の表れだと思います。

     馬総統が就任してから、学校で使う教科書の作りが一気に変わりました。台湾の歴史教科書なのに、中国から見た視点になっています。今後も「日本統治時代」が「日本植民統治時代」となるようです。

     でも、われわれ若い世代には、教科書が変わったことでかえって、「台湾で何が起きたかを自ら学ぼう」という姿勢が芽生えています。

     そして、最初は学生中心に始まった今回の運動も、中高年層も含めて「台湾人の土地を守ろう!」という意識の下、一つになっています。もはや学生の「ままごと」ではなくなっているんです。






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    「台湾の声」【太陽花運動】中国併呑にノー! 学生決起は台湾の独立意識に火をつけるか ( 下)

    【太陽花運動】中国併呑にノー! 学生決起は台湾の独立意識に火をつけるか(下)

    日本李登輝友の会メールマガジン「日台共栄」より転載


      柚原 正敬

     台湾の学生たちでつくる「太陽花学運(ひまわり学生運動)」がサービス貿易協定の撤回などを
    求めて占拠していた立法院議場を出てからほぼ2カ月が経つ。

     ひまわり学生運動の学生リーダーを務めた林飛帆氏(台湾大学大学院生)や陳為廷氏(清華大学
    大学院生)と中央研究院研究員の黄國昌氏らは5月18日、社会運動によって政治改革を実現して真
    の民主化を目指したいとして、新しい活動組織として「島国前進(Taiwan March)」を結成して記
    者会見を開き、引き続きサービス業貿協定や事前監督制度の法制化、「公民投票法」の改正を求め
    ていくと発表、すでに新たな一歩を踏み出している。

     ひまわり学生運動の最大の強みは、既成政党に頼らず、民意に支持されたことだ。それは、新組
    織「島国前進」の活動方針の一つに公民投票法の改正を入れたことによく表れている。

     李登輝元総統は学生たちの行動を高く評価し「学生たちが台湾という国に対して見せた情熱、理
    想の堅持、明るい未来の追求、台湾の民主主義を世界に知らしめたエネルギーは、私たちに国家の
    希望というものを見せてくれた」(3月30日)と述べられた。

     台湾に問われているのは、民意をいかに国政に反映させてゆくかであり、その先に「国家の希
    望」が見えてくる。今後の「島国前進(Taiwan March)」の活動から目が離せない所以だ。

     本会の柚原事務局長は月刊「正論」6月号に寄稿した論考で「立法院占拠は、台湾民主主義の
    ターニングポイントになるだろう。もしかしたら、台湾史に残る分岐点を為したのではないか」と
    指摘している。

     改めて「太陽花学運(ひまわり学生運動)」の意義を振り返ってみるため、ここにその全文をご
    紹介したい。400字詰め原稿用紙で20枚ほどあるので、2回に分けて掲載したい。プロフィールも同
    号からである。

    ◆柚原正敬(ゆはら・まさたか)氏
     昭和30(1955)年、福島県生まれ。早稲田大学中退。同57年、専務取締役編集長として出版社
     「展転社」を創立し、主に天皇、靖国、大東亜戦争、南京、台湾に関する単行本約130冊を担当
     編集。平成7年、台湾研究フォーラムを設立。同14年、日本李登輝友の会の設立とともに常務理
     事・事務局長に就任。共著に『世界から見た大東亜戦争』『台湾と日本・交流秘話』など。

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    中国併呑にノー! 学生決起は台湾の独立意識に火をつけるか(下)

                              日本李登輝友の会事務局長 柚原 正敬

    ◆24年前の野百合学生運動

     恐らく「太陽花学運(ひまわり学生運動)」による立法院占拠は、台湾民主主義のターニングポ
    イントになるだろう。もしかしたら、台湾史に残る分岐点を為したのではないかと見ている。なぜ
    なら、学生たちは政党を恃(たの)むこともなく、逆に政党の応援は焦点がボケると排除し、大学
    教授などの助言者はいたものの、自らの力で全てを切り拓いたからであり、それを民意が力強く後
    押ししたからだ。

     実は24年前にも、学生たちが台湾民主化の分岐点を為した学生運動があった。それが「野百合学
    運」や「三月学運」と呼ばれる民主化を求める学生運動だ。

     1990年3月16日、台湾大学の学生数名がデモや集会の禁止区域となっていた中正紀念堂前の広場
    で抗議の座り込みを始めた。

     当時、戒厳令はすでに解除されていたものの、総統・副総統の選出選挙や罷免、憲法改正など絶
    大な権限を持つ国民大会の代表は、毛沢東の共産軍に敗れた中華民国が台湾に逃げ延びてきてから
    40年以上経つにもかかわらず、一度も改選されていなかったことから「万年議会代表」と呼ばれて
    いた。その根拠となっていた、憲法に優位する「動員戡乱時期臨時条款」も未だ廃止されていな
    かった。

     きっかけは、この万年議会代表たちが自らの待遇改善を求めたことだった。そこで学生たちは座
    り込みを決行し、政府高官との対話をはじめ、民主化を進めるため「国民大会の解散」「動員戡乱
    時期臨時条款の廃止」「国是会議の開催」などを要求した。この抗議活動が報道されるや、翌日か
    ら台湾各地の大学生や高校生が抗議に加わり、大学教授や市民など支援者も数百人規模で増え続
    け、最終的には6000人近い学生が参加したといわれている。

     当時の総統は李登輝だった。李氏は副総統として1988年1月に急死した蒋経国総統の後を継いだ
    ものの、1990年までは蒋経国の残りの任期を務める暫定総統であり、中国国民党の党歴が浅いため
    政権の基盤は脆弱だった。それでも、1989年1月に高額の年金と引き換えに万年国民代表の引退を
    促す条例を可決させていた。

     学生たちが座り込みを始めた3月16日は、21日に行われる国民大会での総統・副総統選出選挙直
    前のことで、李総統は副総統候補の李元簇とともに、一人ひとり国民大会代表の自宅を訪問して支
    持を取りつけるなど選挙活動の真っただ中にあった。その甲斐あって、李登輝・李元簇ペアは9割
    近い得票を得て当選、5月20日に正式に総統・副総統に就任している。

     この選挙戦中、李総統は学生たちが寒さに震えながら座り込みやハンストをしていることを知
    り、夜間、車で中正紀念堂の周囲を走って学生たちの様子を見に行ったという。そして21日、学生
    代表を総統府に招き入れて直接会い、万年議会の解散や国是会議の開催を約束。学生たちは翌日早
    朝、解散を宣言して撤退したのだった。

     その後、李総統は学生との約束通り、6月29日から識者など150名を集めて国是会議を開き、翌年
    5月1日に動員戡乱時期臨時条款を廃止、国民大会そのものは2005年に廃止されるまで続くが、1991
    年12月末までに民主化最大の障害だった万年国民代表と立法委員の全員を退職させ、民主化への道
    を大きく切り拓いていった。

     李元総統は私に「万年国民代表の一人ひとりを訪ねて説得したよ。お金もかかったけど、時間も
    かかったね。でも辞めてもらわないと始まらないから」と笑いながら語ってくれたことがある。

     李元総統は学生たちが大規模な抗議デモをその日の午後に控えた3月30日、「私の立場は一貫し
    ている」として、「この十数日間、学生たちが台湾という国に対して見せた情熱、理想の堅持、明
    るい未来の追求、台湾の民主主義を世界に知らしめたエネルギーは、私たちに国家の希望というも
    のを見せてくれた」と学生たちの行動を高く評価し、馬総統には「指導者は具体的かつ誠意を持っ
    て学生や人民の要求に答え、解決の道を探るべきである」と訴えかけ、24年前の野百合学生運動に
    誠意をもって応えた総統ならではの声明を発表している。

     それにしても、野百合学生運動と今回のひまわり学生運動は、非暴力や政党色を出さないこと、
    独立運動などに結びつけないようにしたことなど、似ている点が少なくない。現在、野百合学生運
    動に参加した当時の学生たちは40代半ば。大学教授や議員としてひまわり学生運動を支援した人々
    が少なくない。

     歴史は思い出すものであり、先人の願いを我が願いとするときに歴史は蘇る。今回の立法院占拠
    が台湾民主主義のターニングポイントになると確信したのは、学生たちが野百合学生運動の歴史に
    学んでいたからに他ならない。

    ◆独立意識にも大きな影響

     中国国民党系メディアは立法院を占拠した直後から、サービス貿易協定反対は本質的には台湾独
    立であるとするネガティブキャンペーンを張った。中国も同様に非難した。

     しかし、ひまわり学生運動はサービス貿易協定の内容や事前監督制度の法制化などを前面に出
    し、意識的に台湾独立と結びつかないようにしていた。そこに結びつけば、緑(独立)と青(統
    一)の対立というこれまでの構図に組み入れられ、焦点がずれることを危惧したからだ。

     先に紹介した新台湾国策智庫による世論調査によれば、中国との関係が現状維持できなくなった
    場合、20代は73・6%が台湾の独立を希望している。同じ20代である学生運動リーダーの林飛帆氏
    も陳為廷氏も台湾独立を支持している。しかし、占拠中は台湾独立に結びつくような発言は一切な
    かった。

     この新台湾国策智庫による世論調査によると、独立か統一かという問題について、56・8%が現
    状維持、26・4%が台湾独立、10・4%が統一を支持すると答えている。中国との関係が現状維持で
    きなくなった場合は62・7%が台湾の独立を希望し、中国との統一を希望する20・4%を大きく上回
    る結果となっている。

     政治大学選挙研究センターの昨年12月の調査によれば、58%が現状維持、23・3%が台湾独立、
    11・5%が統一を支持している。つまり、台湾独立支持は3・1%増え、現状維持は1・2%減り、統
    一支持も1・1%減ったことになる。

     世論調査だけで推し量ることはできないが、ひまわり学生運動は台湾独立に触れなかったにもか
    かわらず、台湾人の独立意識に大きな影響を与えたと言える。

     立法院から退去した直後の集会で、司会者がこの3週間で「台湾のことが私たちの心を捉えて離
    さなくなった」と語ったと台湾紙が報じていた。

     アイデンティティがいまだに曖昧なところがある台湾において、台湾人意識を着実に根づかせた
    活動であり、李元総統が指摘したように「国家の希望というものを見せてくれた」という点でも画
    期的な活動だった。それが台湾独立支持を伸ばした一因と言っていいだろう。

     ひまわり学生運動は、24年前の野百合学生運動の成果を確実に受け継ぎ、日本の生命線である台
    湾の民主化に新たな地平を切り拓いた。                       (了)

                           【月刊「正論」平成26(2014)年6月号より】





    『台湾の声』http://www.emaga.com/info/3407.html

    「台湾の声」【 6 月 7 日から】台湾民主化を描く映画「 GF*BF 」

    【6月7日から】台湾民主化を描く映画「GF*BF」

    村上作品の"学生運動"から影響も 台湾民主化を描く映画「GF*BF」 監督が語る

    【NewSphere:2014年6月7日】

     台湾激動の30年を追った映画「GF*BF」が2014年6月7日(土)公開される。民主化前夜、1990年
    に起きた大学生らによる「野百合学生運動」を取り上げた作品だ。ヤン・ヤーチェ(楊雅[吉吉])
    監督は「日本の小説で描かれた学生運動と青春群像は、私に大きな啓発を与えてくれました」と語る。

    【ひまわり学生運動にも参加 「これほど早く起きるとは」】

     戒厳令解除から民主化、現在までの30年を、男女3人の成長、恋愛、葛藤にからめて描く「GF*BF」。
    映画中盤には「野百合学生運動」に3人が参加し、台北市中心部・中正紀念堂前に座り込むシーン
    が登場する。学生たちが上げたシュプレヒコールは、民主化実現への追い風となった。

     台湾では今年3月、中台サービス貿易協定に反対する学生らが、23日間にわたって立法院(日本
    の国会に相当)を占拠する「ひまわり学生運動」が起きたばかり。台湾での「GF*BF」の公開から1
    年半後の出来事だった。監督は「学生運動がこんなに早くまた起きるとは思っていませんでした」
    と話す。

     「映画の撮影前から台湾社会にストレスが大きくなっていると感じていました。何か闘争が起き
    るのではないかと。ひまわり学生運動の間、私もしばしば現場へ行き、映画を上映したり、学生や
    市民と話しました。今回の運動に参加した人々が、今の情熱、街で闘争に参加した理由を記憶にと
    どめてほしい。そうすることで、台湾はさらによくなっていくに違いないと思います」

    【映画のテーマは自由の追求 日本の小説読み参考に】

     台湾で「野百合学生運動」が起きた時、監督は高校生だった。1987年に戒厳令が解除され、社会
    運動の機運が高まり、民主化が実現される過程をつぶさに目撃してきた。後に社会に出てから運動
    に参加する回数が増え、声を上げることも多くなったという。「GF*BF」にはそんな自身の経験も
    反映されている。

     「この映画の重要なテーマは、すべての人が自由を求めること。感情と心を自由にすることで
    す。私は日本の安保闘争時代の小説を何冊も読みました。村上春樹や村上龍など、多くの日本の作
    家が学生運動の様子を描いています。闘争のテーマは台湾とは違いますが、日本の小説で描かれた
    学生運動と青春群像は、私に大きな啓発を与えてくれました」

    【心や人生が本当に自由なのか 日本の皆さんも見つめ直して】

     監督はこれまでにも「日本の小説をよく読む」と語ってきた。特に好きな作家は向田邦子。台湾
    で翻訳書が出るたびに読んだという。「日本の小説の雰囲気は、中国や台湾とまったく違う。言葉
    は劇的でも、激しくもない。日本人は観察力が鋭く、注意深く、ささやかなものに目をとめる。物
    の見方、考え方も独特で、いつも驚かされる」と話している。「GF*BF」の公開を前に、日本に向
    けてこう呼びかけた。

     「私は『青春の解釈』という点で、日本の小説に大きく影響されました。この映画をご覧になっ
    た皆さんは、それを感じてもらえるのではないでしょうか。日本では長い間、大きな運動が起きて
    いません。社会に対して冷ややかになり、政治に失望しているため、社会問題に無関心になったか
    らだとされています。観客の皆さんには、この映画からパワーを得て、自分の心や人生が本当に自
    由なのか、見つめ直してほしい。皆さんの心や愛が自由になるよう願っています」



    ◆ 映画「GF*BF」(シネマート六本木) 6月7日(土)〜13日(金)上映
      http://www.cinemart.co.jp/theater/roppongi/lineup/20140423_11518.html

    ◆ 映画「GF*BF」(シネマート心斎橋) 6月7日(土)〜20日(金)上映
      http://www.cinemart.co.jp/theater/shinsaibashi/lineup/20140520_11527.html



    『台湾の声』http://www.emaga.com/info/3407.html

    「台湾の声」【太陽花運動】中国併呑にノー学生決起は台湾の独立意識に火をつけるか ( 上) 

    【太陽花運動】中国併呑にノー学生決起は台湾の独立意識に火をつけるか(上) 


    日本李登輝友の会メルマガ日台共栄より転載

                柚原 正敬

     台湾の学生たちでつくる「太陽花学運(ひまわり学生運動)」がサービス貿易協定の撤回などを
    求めて占拠していた立法院議場を出てからほぼ2カ月が経つ。

     ひまわり学生運動の学生リーダーを務めた林飛帆氏(台湾大学大学院生)や陳為廷氏(清華大学
    大学院生)と中央研究院研究員の黄國昌氏らは5月18日、社会運動によって政治改革を実現して真
    の民主化を目指したいとして、新しい活動組織として「島国前進(Taiwan March)」を結成して記
    者会見を開き、引き続きサービス業貿協定や事前監督制度の法制化、「公民投票法」の改正を求め
    ていくと発表、すでに新たな一歩を踏み出している。

     ひまわり学生運動の最大の強みは、既成政党に頼らず、民意に支持されたことだ。それは、新組
    織「島国前進」の活動方針の一つに公民投票法の改正を入れたことによく表れている。

     李登輝元総統は学生たちの行動を高く評価し「学生たちが台湾という国に対して見せた情熱、理
    想の堅持、明るい未来の追求、台湾の民主主義を世界に知らしめたエネルギーは、私たちに国家の
    希望というものを見せてくれた」(3月30日)と述べられた。

     台湾に問われているのは、民意をいかに国政に反映させてゆくかであり、その先に「国家の希
    望」が見えてくる。今後の「島国前進(Taiwan March)」の活動から目が離せない所以だ。

     本会の柚原事務局長は月刊「正論」6月号に寄稿した論考で「立法院占拠は、台湾民主主義の
    ターニングポイントになるだろう。もしかしたら、台湾史に残る分岐点を為したのではないか」と
    指摘している。

     改めて「太陽花学運(ひまわり学生運動)」の意義を振り返ってみるため、ここにその全文をご
    紹介したい。400字詰め原稿用紙で20枚ほどあるので、2回に分けて掲載したい。プロフィールも同
    号からである。

    ◆柚原正敬(ゆはら・まさたか)氏
     昭和30(1955)年、福島県生まれ。早稲田大学中退。同57年、専務取締役編集長として出版社
     「展転社」を創立し、主に天皇、靖国、大東亜戦争、南京、台湾に関する単行本約130冊を担当
     編集。平成7年、台湾研究フォーラムを設立。同14年、日本李登輝友の会の設立とともに常務理
     事・事務局長に就任。共著に『世界から見た大東亜戦争』『台湾と日本・交流秘話』など。

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    中国併呑にノー! 学生決起は台湾の独立意識に火をつけるか(上)

                              日本李登輝友の会事務局長 柚原 正敬

    ◆民意が支持した「ひまわり学生運動」

     台湾が昨年6月に中国と結んだ「サービス貿易協定」の撤回を求め、3月18日から立法院(国会に
    相当)の議場を占拠していた学生たちは4月10、自分たちの要求が一定の成果を上げたとして立法
    院から退去した。

     学生たちはこの活動を「太陽花学運(ひまわり学生運動)」と名付け、馬英九総統との直接対話
    をはじめ、サービス貿易協定の撤回、台湾が中国と協定を結ぶ場合は事前に内容を監督する制度
    (事前監督制度)の法制化、各党派の代表者や住民代表などを集めた公民憲政会議(国是会議)の
    開催などを求めた。

     この24日間に及ぶ立法院占拠という学生運動は、日を追うごとに台湾社会の関心を深め、台湾ば
    かりでなく、協定当事国の中国をはじめ、アメリカや日本からも強い関心が寄せられた。日本の報
    道数は台湾を除けば世界一と伝えられている。

     占拠から2日後の3月20日、日本の在日台湾同郷会、在日台湾婦女会、日本台湾医師連合、台湾独
    立建国聯盟日本本部の4団体は「民主主義と台湾の主権を守るために立ち上がった学生たちを支持
    する」「台湾の政府に対しこの協定を撤回するよう要求する」など5項目の共同声明を発表している。

     台湾では、占拠翌日から高雄市で約千人の学生たちが座り込みデモをするなど抗議行動は他都市
    にも及んだ。

     李登輝元総統も早くから関心を寄せ「馬総統は彼らの話を聞いて、早く学校や家に帰す努力をす
    るべきだ」「もし私がいま総統であれば、今度の学運の学生たちと対話して、彼らの要求をじかに
    聞き取り、学運をいいように処理する」と述べ、学生たちと直接話すことで早く収拾するよう馬氏
    を促していた。

     学生たちの活動は台湾社会に大きなインパクト与えた。それは世論調査や抗議デモの参加者数に
    もはっきりと表れている。

     占拠から6日後の3月24日に実施した台湾のテレビ局TVBSの世論調査によれば、馬総統に学生
    との対話を求める意見は83%に達し、学生たちが3月30日に行った総統府前の抗議デモは50万人を
    超えた(警察発表は11万6千人)。この日、この抗議デモに呼応して日本でも、台湾留学生が主催
    する集会が東京、京都、福岡で開かれ、約900人が参加したと伝えられている。

     また、3月下旬に実施した民進党系シンクタンクの新台湾国策智庫による世論調査では、サービ
    ス貿易協定について「交渉やり直し」支持は66・2%、「国是会議の招集」は76・5%、「事前監督
    制度の法制化」に至っては82・1%が支持する結果となっている。台湾の民意が学生たちを支持し
    ていることは明らかだった。

     元産経新聞記者の福島香織氏はジャーナリストとして立法院内に入り、学生運動リーダーの林飛
    帆氏(台湾大学大学院生)と陳為廷氏(台湾清華大学大学院生)へインタビューし、また「被災地
    の災害対策指揮所かと思うような指揮系統」により統率のとれた立法院内の整然とした様子を次の
    ように報告している。

    <その命令系統とロジスティック管理のものすごさである。占拠されている立法院内に入って驚い
    た。一瞬被災地の災害対策指揮所かと思うような指揮系統ができている。総指揮部の下に渉外部
    門、物資管理部門、メディア対応部門、ボランティア医師による医療部門、学生らによるネット・
    動画サイト・フェイスブックなどを使った世界への広報・情報発信部門、果ては、35か国語対応の
    通訳部門まである。すぐにでも政党が作れそうな人材の充実ぶりだ。>(4月2日付「日経ビジネ
    ス・中国新聞趣聞(チャイナ・ゴシップス)」「続・『台湾ひまわり学運』のゆくえ─カリスマ学
    生リーダーの登場はアジアを変えるか」)。

     福島氏は台湾教授協会の呂忠津会長が「これほど素晴らしい学生運動を行うとは、この子たちは
    私たちの誇りです」と述べていることを伝えている。

     馬英九政権側も学生たちのロジスティック管理のすごさには舌を巻いたようで、龍應台・文化部
    長(文化大臣に相当)は思想面の脆弱性を指摘しつつも「若者たちの組織力、職務分担、国内外へ
    の広報アピール、イメージ戦略にいたるまで『ただただ感心するばかり』だとし、台湾社会が戦後
    60年間に経験した数々の市民運動で積み上げてきたものの成果発表にも等しいと高く評価、『学生
    らの行動力は百点満点。愛すべき若者たちだ』と絶賛」(4月2日付「フォーカス台湾」)したという。

    ◆危急存亡の秋

     では、学生たちは「サービス貿易協定」を巡る動きのどこに、どのような危機感を覚えたのだろ
    うか。私自身はこの占拠中、台湾に行っていない。隔靴掻痒の感はあるが、ニュースや立法院の中
    で支援活動に携わっていた方などに聞いたことなどをベースに、学生たちが立法院を退去するまで
    の動きを追ってみたい。

     そもそもサービス貿易協定とは、台湾が2010年6月に中国と結んだ経済協力枠組み協定(ECF
    A)の具体化協議の一つで、タクシー、広告、機械製造、印刷、出版、書店、食品、生活用品、商
    店、新聞、金融、医療、旅行、建物など、台湾は60、中国は84のサービス分野の市場を開放し、相
    互参入を容易にすると伝えられていた。

     ただ、サービス分野における台湾の業種は中小企業が大半を占めるため、大規模な中国資本の進
    出は台湾企業を圧迫すると心配され、台湾経済が中国に呑み込まれるのではないかとの懸念が広
    がっていた。そこで、政府側の説明が不十分として、立法院における公聴会や審査手続きを経て発
    効することに決めていた。

     立法院での承認審議が終われば、4月上旬にも本会議で可決される予定だった。3月17日、多数与
    党である中国国民党所属の委員長は委員会開始直後に審議打ち切りを宣言して強行採決し、承認手
    続きを進めようとした。これが直接のきっかけだった。

     中国国民党が強硬策を講じたことで、学生たちは民主主義に反すると反発した。また、協定は密
    室で結ばれたもので、中国による経済進出は実質的な台湾併呑であり、これは台湾の危急存亡、生
    きるか死ぬかの重大な瀬戸際と捉え、翌18日夜、約300名の学生たちが本会議場である立法院議場
    を占拠してしまう。学生たちは馬英九総統との直接対話を求め、サービス貿易協定の撤回などを求
    めた。

     ところが、馬氏は学生たちの要求に応ずるどころか、23日に開いた記者会見では「これこそが
    我々の必要としている民主主義なのか、このような方法を用いて法治を犠牲にしなければならない
    のか」と、民主主義を踏みにじっているのは学生たちだと非難した。

     この間にも、立法院の周りには学生らを支援しようと数万人が集まり、台湾各地から数十名の大
    学教授も応援に駆けつけ、路上で民主主義やサービス貿易協定などについて青空講義を始めていた。

     しかし、馬氏のこの対決姿勢はさらに学生たちの反発を買い、23日の夜、学生の一部数百人が一
    ブロック離れた行政院の敷地内に警官隊の警備を突破して座り込む事態が勃発した。

     これに対し、馬総統に指示を仰いだ江宜樺・行政院長(首相に相当)は強制排除を警察に命じ、
    高圧放水車を繰り出して強力な放水を学生たちに浴びせて抵抗力を奪った。ずぶ濡れになりながら
    警官に引きずり出される光景は、強権を発動して戦車で数百名の学生を殺戮した天安門事件を連想
    させるに十分なものだった。

     李元総統が声を詰まらせながら「国家の指導者たるもの、学生の意見に耳を傾けるべきで、警察
    力を使って彼らを排除するべきではない。学生たちが殴られている光景を見るのは耐えられない」
    と答える場面はテレビでも繰り返して放映された。

     さすがにこの事態に、同じ中国国民党に所属する?龍斌・台北市長は「馬英九総統や江宜樺行政
    院長、王金平立法院長は何らかの形で学生と意見交換を行って問題を解決すべき」と述べ、胡志
    強・台中市長も「学生を傷つけてはならない。彼らを誘導して問題を解決すべき」と表明する。

     3月25日、馬氏もようやくここにきて、前提条件を設けずに学生の代表を総統府に招いて対話す
    る姿勢を示した。馬氏の支持率はすでに10%を割っており、これ以上のイメージダウンは11月末の
    統一地方選挙にも、馬政権を援護する中国にも影響すると踏んでの決断だったようだ。しかし、学
    生側は応じなかった。馬氏があくまで協定承認を目指す構えを崩していないからだ。そこで、馬氏
    が要求に応じるまで無期限で占拠を続けると宣言、大規模デモを実施するとの発表に至っている。

     50万人デモ後の4月3日、行政院は膠着状態を打破しようと学生たちの要求に応じ、事前監督制度
    の法案を立法院に提出し、また「経済貿易国是会議」を開く計画も示した。しかし、馬氏は依然と
    して協定の早期成立を目指す姿勢を崩していない。

     この膠着状態を破ったのが王金平・立法院長だった。王院長は4月6日午前、立法院を訪れ、事前
    監督制度の法制化を急ぎ、それまでは協定の承認手続きを進めないという方針を示した。また、立
    法院の中に入って学生たちとの対話を実現、「皆さんの声は私たちに届いています。引き続き努力
    します」と語りかけた。馬氏のメンツは丸潰れとなった。

     学生たちもここが潮時と読んだのだろう。翌7日夜、10日に立法院を撤退すると宣言した。すぐ
    に撤退しないのは、議場内を清掃して占拠前の状況に戻す時間が必要だからだった。事実、原状回
    復に向け、8日と9日は清掃作業や垂れ幕、ポスターの撤去作業などの後片付けに追われた。

     一方、7日に記者会見した馬総統は学生たちの撤退宣言を評価しつつも、協定の事前監督法案の
    審議とサービス貿易協定の審議を同時進行すると従来どおりの方針を強調、王院長宣言と食い違い
    を見せている。今後も成り行きが注目される所以だ。               (つづく)

                           【月刊「正論」平成26(2014)年6月号より】





    『台湾の声』http://www.emaga.com/info/3407.html

    「台湾の声」【楠木正成の統率力(3)】将の道

    【楠木正成の統率力(3)】将の道

    (「太平記秘伝理尽鈔巻第二 南都・北嶺行幸の事」より)─ 

    家村和幸

    ▽ ごあいさつ

     こんにちは。日本兵法研究会会長の家村です。

     兵法の天才・楠木正成は没後、室町幕府に
    より賊とみなされ、著しく名誉を失墜して
    いましたが、戦国末期には恩赦され、
    武士たちの間でも『太平記』が盛んに読ま
    れるようになりました。同時に楠木正成の
    戦術・戦法の研究も盛んになりました。

     桃山時代の日蓮宗本国寺(京都)の僧・陽翁
    は、諸国の修行中に肥前唐津において、名和
    長年の子孫である名和正三に会い、『太平記
    評判秘伝理尽鈔(以下、「太平記秘伝理尽鈔」
    とする)』を伝授されました。名和長年は、
    隠岐から脱出した後醍醐天皇を迎え、船上山
    での挙兵に協力した勤皇心の厚い武将でした。
    陽翁は、この『太平記秘伝理尽抄』を研究し
    て、『陽翁伝楠流』と称する兵法を始めました。
    この後、陽翁は加賀の金沢藩主三代・前田利常
    に仕え、自らの兵法を金沢藩士を通じて関東に
    まで広めました。

     『陽翁伝楠流』の代表的な兵書『太平記
    秘伝理尽抄』は、正保2(1645)年から
    版を重ねて流布され、兵法の流派を超えて
    大いに普及しました。山鹿流兵法の祖・山鹿
    素行は、この『太平記秘伝理尽抄』を最も
    愛読した人物であり、楠木正成の兵法は
    素行の兵法思想にも多大な影響を与えました。

     それでは、本題に入りましょう。


    【第3回】将の道(「太平記秘伝理尽鈔巻第二 南都・北嶺行幸の事」より)

    ▽ 戦う天台座主、大塔宮護良親王

     『太平記』によれば、鎌倉幕府を倒すために、
    南都・北嶺(奈良と比叡山)の衆徒を味方に
    引きこもうと謀られた後醍醐天皇は、
    元徳2(1330)年2月8日、東大寺・興福寺
    へ、同月27日には比叡山延暦寺へと行幸された。
    この時、延暦寺の天台座主は、後醍醐天皇の
    第三皇子、大塔宮護良親王(おうとうのみや
    もりよししんのう)であった。大塔宮は座主と
    いう仏教界で最高の地位にあられながら、
    お経を読まれず、武芸の修練に余念がなかった。

     大塔宮は、太刀打ち(太刀を抜いて戦うこと)
    などの武芸を毎日鍛錬され、兵法の七書(『孫子』
    『呉子』『六韜』『三略』『司馬法』『尉繚子』)
    を会得されておられたが、経典やそれ以外の書物
    には、全くご興味がなかった。また、七尺の屏風
    を座ったままで、後ろへ投げ飛ばされるほどの
    怪力の持ち主であられたという。

    ▽ 将が備えるべき勇とは

     勇には「将の勇」と「兵の勇」の二つがある。

     「将の勇」とは、才能と智恵のどちらも兼ね
    備えており、よく兵士たちの心の中をさとり、
    兵士らに下知(命令)するにも、先ず彼らを愛し、
    彼らを服従させる。そして、謀を回らせて敵を
    撃滅し、戦場に臨んでは、一命を軽んじて諸々
    の兵たちを勇敢にさせ、十分に敵の強弱、軍勢の
    多少、地形の利・平・鈍、人の和、天の時を知る。
    それだけではなく、敵の将軍の謀や勇猛さを
    量り、また、軍の進退を知るなどである。

     以下、それぞれについて簡単に述べる。

    ▽ 兵たちの願いを知り、満足させる

     初めに兵士たちの心を知って愛するという
    のは、将たる人は出陣にあたって、人々の心
    を知って、願いを満足させよ、ということで
    ある。欲深い者には身分に応じて財宝を与え、
    戦(いくさ)を有利にしたならば、雑具・所領・
    金銀などの類いを与えることを約束せよ。
    官位を願う者には、少し官職を与えて、戦を
    有利にしたならば、高位・大官を授けようと
    約束せよ。いかなる宝をも惜しんではならない。
    ただし、金銀などを過分に与えれば、兵の
    心の中に怠りが生じることがある。また、
    所領については、その場でみだりに与えては
    ならない。与えることを約束した印のみを
    与えておくのである。

    ▽ 合戦後の恩賞をどうするか

     恩賞を与えるか、与えないかの判断は、
    理非によってはならない。一を捨てて十を
    取り、十を捨てて百を取れ。強きを取って
    弱きを捨てよ(強い者を優先して賞せよ)。

     賞を与える基準は、その時々に応じた
    言い方をせよ。これが謀である。世の中が
    治まって後に、戦の前の約束は反故(ほご)に
    せよ。これが戦の智謀である。反故にする
    にも段階がある。大手柄であるならば、
    約束を反故にしてはならない。手柄により、
    約束の中身により、その人の器量によって、
    それぞれに応じた賞を与えよ。これらに
    対して恨みを訴える者があれば、その程度
    に応じて厳罰に処せ。訴えはたちまちに
    止むであろう。これを愛という。

    (筆者注)これは冷酷なようであるが、
    このようにして次の合戦の邪魔になる者を
    排除し、不平分子を一掃すれば、戦に勝ち、
    諸々の兵たちも身を立てることになるので
    あるから、これが「愛」なのである、とする
    もの。いつの世も、公正に賞を与えるのは
    難しいものであり、自分を低く評価された
    として不満を抱くものが必ず存在すると
    いう真理に根ざしている。

    ▽ 戦場では恐れず戦うべし

     戦場では一命を軽んじるというのは、
    将たる者が戦に赴(おもむ)くときには、
    よく謀を回らして、合戦に勝算があるならば、
    恐れることなく戦をせよ。策略を十分に
    深いものにして、恐れてはならない、
    という意味である。怯(おび)えていては
    合戦にならないのである。それゆえに、
    勇こそが将たる者の根幹をなす。

     また、臆病ということがある。時の声に
    驚いて、気持ちが動転し、魂を失うなどの
    類いである。こうした臆病な性格は、
    いくら鍛錬しても治らないのだから、
    いっそのこと武士をやめてしまうのがよい。

     さらに、兵の命を軽んじるというのは、
    将の下知(命令)を守って死することを
    いう。忠誠とは、君主の命に代わって
    討ち死にすることを思い、君主の威を
    輝かすことのみを願って、我が身を
    顧みないことである。

    ▽ 兵たちを勇敢にさせる方法

     これには、次の三つの方法がある。

     一つには、敵の非道と弱さを挙げて、
     勝つべきことを説く。

     二つには、忠節があれば禄を与え、
     官位を授けることを約束する。

     三つには、昔の悪人が皆、最後は
     亡びたことについて語り、義は重く、
     命は軽きことを説く。

    ▽ 敵の強弱

     敵が強いか弱いかを計るというのは、
    敵将の剛臆・智謀、その臣下の勇臆・智謀、
    勇猛で名の知れた兵などを知って、君臣とも
    に弱いと判断すれば、これを倒す。強いと
    判断すれば、それに勝つ謀をなすことを
    いうのである。

    ▽ 勢の多少

     我が国の広狭と敵国の広狭を計り知って、
    軍勢の多い少いを知る。これゆえに、
    民百人を所掌する者は、日本の広狭を知り、
    全国六十余州の大小、国々の人の風俗、
    民衆の能力や経済状態を知るのである。
    これが将の学ぶべきことである。また、
    味方の人数を知って、両陣の中間に出て、
    互いの陣を見合わせて、勢の多少を知る
    ことがある。さらに、通り過ぎる軍勢の
    先頭から最後尾までを隠れて見て知ることもある。

    ▽ 地の利・平・鈍

     また、地の利・平・鈍とは、地形が嶮しいか、
    大河か、沼などがあることで、敵が攻め寄せて
    来るときに、防ぐのが容易であるのを「利」と
    いう。「平」とは、平らな地である。
    「鈍」とは味方にとっては不利であり、敵が
    攻めて来るのに有利であるのをいう。

    ▽ 人の和

     人の和には二つある。一つには、敵の大将
    にその配下の兵士が懐(なつ)いているのは
    和である。二つには臣下が互いに威を嫉(そね)む
    ことなく、親しんでいるのは和である。
    敵の内部が和であれば、少敵であっても強い。
    不和であれば、大敵であっても弱い。

    ▽ 天の時

     天の時というのは、必ずしも天の時が
    悪ければ、戦に負けるというものではない。

     天の時という条件は、諸軍を勇気づけるため
    のものである。兵士の心が勇めば、戦に有利
    である。兵士が恐れていれば、戦に不利である。
    このため、将自らが進んで士気を高める上で
    最も望ましいのが、天の時を考えることである。

     将が十分に天の時を知っていれば、どうして
    攻め寄せて勝たないことがあろうか。兵が勇敢
    であれば、小をもって大に勝つのである。
    さらに、出陣にあたって武運、戦勝を祈願する神
    として九万八千の軍神がある。天の時という
    ものは、確かにある。これは信じなければ
    ならない。ただし、天の時は地の利があるの
    には及ばず、地の利があるのは人の和があるの
    には及ばない。人の和は、将の智謀によるのだ、
    とされている。最も知るべきことである。

    ▽ 敵将の謀勇の判別

     また、敵の将軍の謀(はかりごと)や勇猛さ
    を知るとは、その将軍の勇猛さを多く聞いて
    知るだけでは、疑わしいのである。
    そこで、その将がこれまで勇猛であったか
    どうかを調べるのである。

     謀は、常々語っていたこと、行動したこと
    から知ることができる。これらのことを
    よく知り、時に当たって分別して、進むべき
    であれば進み、退くべきであれば退くのを
    良い将軍という。

    ▽ 将の器ではなかった大塔宮

     「兵の勇」とは、剛力・早業・弓馬・太刀打ち
    などで人に優れて利があるのをいう。しかるに、
    大塔宮が修練された武芸とは、全て一兵卒として
    の器量のお嗜(たしな)みであって、全軍の総指揮官
    たる将軍としての器量ではなかった。
    これを例えれば、猿の水練、魚の木登りであろうか。

     これは、将が兵の勇を嗜むのを悪いということ
    ではない。将の道を専(もっぱ)らに学んで知った
    その後に、兵士の器量を身につけようとするのが
    最も正しい方法なのである。

    ▽ 将の道を知っていながら修練しないのは「無道」

     『太平記』には、大塔宮が兵と将の二つの勇を
    ともに叶(かな)えられた方だと書いてある。
    しかし、この部分が記された当時、大塔宮は威を
    天下に振るい、奢(おご)りを極めておられた。
    このように、大塔宮が将の道に叶っておられなかった
    ことは、天下が治まって後の御行跡(ふるまい)から
    知ることができる。どうして将の道に叶う人が、
    みだりに奢りを極めるであろうか。極めはしない。

     将の道を知るものは稀(まれ)である。将の道に
    叶う人はさらに稀である。また、叶わないながら
    も身につけようとして鍛錬する者があるが、これで
    良いのである。

     四句の分別というものがある。これは、ある主題に
    ついて肯定と否定の組み合わせで四種の述語をつけて
    考察することである。

     将の道を知って、修練するのが上である。
     将の道を知らずして、修練もしないのは相手にしてはならない。
     将の道を知らずして、正しくないことを修練するのはよい。
     将の道を知っていながら修練しないのは、無道である。速やかに討つべきである。

     道に叶うことができるのが聖人である。
    しかし、末代にはほとんど存在しない。


    (「将の道」終り)


    (以下次号)


    (いえむら・かずゆき)

    いただく声が、次回の連載を書くエネルギーになっています。
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    ● 著者略歴

    家村和幸 (いえむら かずゆき)
    1961年神奈川県生まれ。元陸上自衛官(二等陸佐)。
    昭和36年神奈川県生まれ。聖光学院高等学校卒業後、
    昭和55年、二等陸士で入隊、第10普通科連隊にて陸士長
    まで小銃手として奉職。昭和57年、防衛大学校に入学、
    国際関係論を専攻。卒業後は第72戦車連隊にて戦車小隊長、
    情報幹部、運用訓練幹部を拝命。
    その後、指揮幕僚課程、中部方面総監部兵站幕僚、
    戦車中隊長、陸上幕僚監部留学担当幕僚、第6偵察隊長、
    幹部学校選抜試験班長、同校戦術教官、研究本部教育
    訓練担当研究員を歴任し、平成22年10月退官。

    現在、日本兵法研究会会長。

    http://heiho-ken.sakura.ne.jp/


    著書に

    『真実の日本戦史』
    ⇒ http://tinyurl.com/3mlvdje

    『名将に学ぶ 世界の戦術』
    ⇒ http://tinyurl.com/3fvjmab

    『真実の「日本戦史」戦国武将編』
    ⇒ http://tinyurl.com/27nvd65

    『闘戦経(とうせんきょう)─武士道精神の原点を読み解く─』
    ⇒ http://tinyurl.com/6s4cgvv

    『兵法の天才 楠木正成を読む (河陽兵庫之記・現代語訳) 』
    ⇒ http://okigunnji.com/1tan/lc/iemurananko.html

    がある。


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    ●本土決戦準備の真実ー日本陸軍はなぜ水際撃滅に帰結したのか(全25回)
    http://okigunnji.com/1tan/lc/iemurahondo.html

    ●戦う日本人の兵法 闘戦経(全12回)
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    《日本兵法研究会主催イベントのご案内》


    【第16回 家村中佐の兵法講座 −楠流兵法と武士道精神−】

     演題『太平記秘伝理尽鈔』を読む(その5:京都奪還作戦)

     日時 平成26年6月21日(土)13時00分〜15時30分(開場12時30分)

     場所 靖国会館 2階 田安の間

     参加費 一般 1,000円  会員 500円  高校生以下 無料


    【第19回 軍事評論家・佐藤守の国防講座】

     演題 現代戦の要!航空作戦を語る 〜私の戦闘機操縦体験から〜

     日時 平成26年7月26日(土)13時00分〜15時30分(開場12時30分)

     場所 靖国会館 2階 偕行の間

     参加費 一般 1,000円  会員 500円  高校生以下 無料


     お申込:MAIL info@heiho-ken.sakura.ne.jp
         FAX 03-3389-6278
         件名「国防講座」又は「兵法講座」にて、ご連絡ください。


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    『台湾の声』http://www.emaga.com/info/3407.html